ロブスター(ヨルゴス・ランティモス その1)

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<公式>

ストーリー:どこかの奇妙な国。そこでは大人が独身でいることはゆるされない。独身者はあるホテルに連れて行かれる。そこでパートナーを見つけるのだ。カップルが成立したと認められれば社会に戻れる。でも45日の期日までに見つけられないと、動物に変えられてしまう。デヴィッド(コリン・ファレル)もその1人。ホテルでの日々が始まる。だけどある日、かれは「森」にいた。森には独身で生きる事をえらんだグループがいたのだ。そこではじめて心をひかれる女性(レイチェル・ワイズ)に出会ったかれだったが…

監督、ヨルゴス・ランティモス。本作はギリシャ人のかれが英語圏で実質デビューした2015年の作品だ。制作費5億円程度らしいからそうとうな小品だけど、6カ国共同制作、しかもイギリス、フランスのけっこうな俳優が出演している。前作『籠の中の乙女』の評価だろうか。制作費がほんとうだとすると、俳優たちも大作の時と較べてそうとうサービス価格で出演してるはずだ。

ちなみに見ている印象は「小品」感はない。大作めいたビジュアルエフェクツはもちろんないし、舞台も3カ所程度でミニマルな映画だ。でもアイルランド南部のリゾートホテルで撮影したホテル編も、中部の森で撮影した「森」編も、ダブリンで撮影した「街」編も、自然光で撮られた、うつくしく落ち着きのある映像で、まとまりのある世界観が生まれている。衣装もシーンごとに統一感があって意味ありげに見える。

それと俳優たちの豪華さもある。当ブログでもおなじみだ(()内は出演作の例)。コリン・ファレル(1,2)、ベン・ウィショー(3,4)、ジョン・C・ライリー(5,6)、レア・セドゥ(7,8)、レイチェル・ワイズ(9)、オリビア・コールマン(9)… まあでもみなさん、主演級をのぞけば拘束時間はわりと短そうではある。

ロケーションのリゾートホテルは、外観や屋外シーンはここ、インテリアはここだ。美しいですね。首都タブリンから350kmくらい、2020年夏のいまみると宿泊料金は高くない。行ってみたいなあ。落ち着いたホテルの意匠のおかげで、セットがなくても十分に雰囲気がある。後半のメインの舞台の森はここだ。湖に面して農地にかこまれたこぶりな針葉樹の森だ。針葉樹とはいえ、そんなに寒そうでもなく、湿度が高そうな森。最近でいえば『ボーダー』にも似たみずみずしい撮り方だ。

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さて、物語はストーリーをみれば分かるとおり寓話でありブラックコメディだ。ただ、さっき書いた画面の端正さや、ほとんど笑顔を見せない登場人物たちもあって、わかりやすいコメディ感はない。「思考実験モノ」といってもいい。

設定は最初に語られるけど、背景の説明はいっさいない。目的も、人を動物に変える技術も。カップル強制=人口増加政策ってすぐに連想しそうだけど、別に強くは示されない。ただ参加者が中年も初老もいる男性とくらべて女性は比較的若く、微妙なルールの違いがありそうにも見える。入所時に性志向を聞くシーンはあるけど、同性愛がどんな扱いになってるかも説明は特にない。雰囲気としては異性愛前提っぽくもある。舞台のホテルも参加者の服装もクラシックで、すべてにある種の古臭さが香っていて、保守的な男女観をそれとなくあらわしているのかもしれない。

いっぽう脱走者、独身者が潜む「森」の世界はヨーロッパ文化の伝統的な扱いだ。「文明」に対する「野生」。秩序に対する無秩序。体制に対する反体制。もともと森の民だったヨーロッパ原住民やケルトを追いやって広がった地中海文明の価値観だ。動物にされた落伍者は森に放たれる。森の中のゲリラ的組織は、ロビンフッドをすぐに思い出させる。皮肉でもあり納得できなくもないのは、「野生」の側がむしろ禁欲的で、「文明」の側がひたすらにSEXをだれもが追い求めている。

そんな2つの隣接する世界のなかでけっこうおかしいのが途中で都会に潜入するシーンだ。ロケはダブリンのショッピングセンター。森の中で野宿していたゲリラ隊も、どこに隠していたのかこぎれいな服を着込んで普通の市民に戻るのだ。この距離感。ルール上カップルじゃないと逮捕されるから、潜入チームはカップル然としなくちゃならない。ぼくたちが見慣れたふつうの都会の風景が、脱落者の視線でみると危険で安住の地がない場所に変わる。

余談だけど、「欧米はカップル文化だからね」的言い方、よくあるでしょう。たしかに日本(というか東京)ほどお一人様フレンドリーな都市は多分ない。特にまともな食事を食べたい時とかね。ぼくは都市の一番の良さって孤独な生き方を許すところだと思うんだけど、孤独な人はすこし息をひそめないといけない文化=都市もある。カップル圧がより強い文化だと、この寓話もよけいに風刺の効き具合がいいのかもしれない。

■写真は予告編からの引用