フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン&ドリーム 宇宙開発と女性と

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ストーリー:ケリー(スカーレット・ヨハンソン)はPR会社の経営者。ある日政府筋の男モー(ウディ・ハレルソン)にスカウトされ、NASAのPR業務を任される。NASAの発射部門の責任者コール(チャニング・テイタム)は技術屋気質でPRなんて、と毛嫌いするが.....1969年のアポロ計画に向けて関係者の思惑が入り乱れる....

アメリカ映画はMCU的なフランチャイズ大作と小規模公開のアート系に分かれてしまい、昔たくさんあった「良作」枠はどこへ行く....そんな分析がよく聞かれた。本作みたいなポジションの作品は風前の灯なのか。それはわからないけれど、残念ながら興行収入的には全世界で邦画ヒット作も下回る数字みたいで、制作費の回収もできていない。

そもそもどんな観客を狙って作られたんだろう。都心の映画館の夜の回は悪くない入りで、ただ若干シニア層寄りな気がした。そう、本作は本国でもシニアマーケットを中心に作られているんじゃないか?。日本での吉永小百合作品や山田洋次監督作ほどしっとりしていなくても、全体にアポロ計画をちらっとでも覚えているくらいの世代向けに見えるのだ。

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© 2024 Sony Pictures Entertainment. via IGN

誰でも知っているアポロ計画と、その陰謀論をネタにしつつ、主人公2人を立てるウェルメイドなラブコメだ。スクリューボールコメディの伝統どおり、トークが達者な女性と誠実で不器用そうな男性のちょっとしたいがみ合いや言い合いから始まって、でも男性が最初に一目惚れしてるところもきっちり見せる。

映像にも語り口にもトリッキーなところは一切なくて実に分かりやすく、ふたりの仕事の達成も気持ちの接近も観客にするすると飲み込ませる。途中ではクラシックなポップソングを背景に1940年代製のプロペラ機でランデブーだ。ヨハンソンは昔ながらのブロンドのキューテイーを、ウエスト絞りの効いた衣装とちょい古臭めの芝居で演じ切る。

日本公開のコピーに「人類初の月面着陸はリアルかフェイクか」とあるように「月面シーンは地上で撮影」説がモチーフで、メディア社会におけるリアルって何だ的テーマとか、技術者に立ちはだかる冷徹な政府の論理(『オッペンハイマー』にもあったみたいな)とか、描こうと思えば描けるだろう。でも本作はそこじゃない。そのあたりはウディ・ハレルソンが一人で担当し、個人的な渋みと味で回収してしまう。あくまでラブコメなのだ。

そんな感じで、かなりさらっと自分の中を通り抜けてしまい、しばらくはほとんど感想も思いつかなかった。とはいえ画面はリッチで気持ちよく見られるコメディだし、ラストの捻りも予想はできつつ気が利いていて、水曜割引きには十分釣り合う感じだ。


🔹ドリーム:Hidden Figures

ストーリー:1962年、人類宇宙飛行を目指すマーキュリー計画時のNASA。まだ人種差別が残る南部で黒人女性たちが計算担当として勤務していた。仕事の範囲に枠がはめられ才能を活かせない3人。街にも仕事場にも当たり前のように差別がある。それでも能力を信じるキャサリン、ドロシー、メアリーは.....

2016年公開だからいつの間にか8年経っていた。NASAモノの名作と言われつつ見てなかった、「作られることに意義がある」作品の代表格だ。ある種の社会的正義のために(政治的立場を超えて同意できるタイプの)、広く世の中に知らしめるためにエンタメとして作り、公開するような作品。

ただし「人種差別撤廃!」と叫ぶような説教系映画ではぜんぜんない。極めて上品につくられた気持ちいいサクセスストーリーだ。3人の黒人女性エンジニアは実在の人物で、NASAでまともなポジションについたパイオニアたち。ずば抜けて優秀だったんだろう。それぞれ重要な役職になって引退している。ちなみに男性黒人職員を全く見かけなかったのも歴史考証なんだろう(ラティーノもアジアンもいない。90%の白人男性とと10%の黒人女性、ごく少数の白人女性だけで見た目は不自然だ)。

舞台は1960年代初頭、公民権法制定前のしかも南部のアメリカだ。当然のように学校も図書館もバスも水飲み場も白人と有色人種は別。NASAの中でも同じという描写だ。黒人には役職はなく、有期雇用。計算だけが与えられ、業績には一切クレジットはない。しかも黒人コミュニティには古めの男女観がある。本作は二重三重の黒人女性の生きづらさを序盤で丁寧に描く。白人男性>黒人女性 だけじゃない、女性同士、黒人同士、白人同士でも偏見や役割の押し付けがある。

本作の爽快さは、3人がとにかくポジティブかつ優秀だということ。スポーツものでいえば次々と試合に打ち勝ち、栄光を手にしていく。白人側にもフェアに能力を認める人がいて、彼女たちが力を見せつけるシーンがあり、それがちゃんと成功につながっていく。

ドラマとしては若干一本調子とも言える。最初は鬱屈した状態だったのが、右肩上がりで状況は好転し「どこかで落とし穴があるんじゃないか...?」というエンタメ的読みは基本、杞憂である。根っから共感できない人物はあえて配置していない。最初無理解だった人々も全員もれなく根は善良だったのだ。

このマーキュリー計画、月着陸を目指すアポロ計画の一つ前、人類宇宙飛行(衛星軌道)プロジェクトだ。このパイロットたちを描いたのが『ライト・スタッフ』で、全米のスター的存在になっていたパイロットたちが本作にも出てくる。リーダー格のJ・グレンは人種偏見が一切ないナイスガイとして描かれる。みんなが知ってる(のちに上院議員にもなった)彼だからっていうのもあるのかもしれない。

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