アリ・アスター2作

■ヘレディタリー 継承

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ストーリー:夫、息子ピーター、娘チャーリーと暮らしていたアニー(トニ・コレット)の母が亡くなる。4人になった家族を次の喪失が襲うまでには時間は掛からなかった。絶叫するアニー。やがてアニーは奇妙な降霊会のメンバーに誘われ喪った家族を呼び戻そうとする。徐々におかしな言動が目立ち始めるアニーにピーターは怯え、夫は苦悩する。ある時ピーターが異様な幻影に襲われて....

2018年の話題作だ。アリ・アスター監督の長編デビュー作、制作はA24。予告編にも書いてあるとおり(【超恐怖】現代ホラーの頂点)、ストレートなホラー映画だ。スプラッターじゃない、ニューロティックな不安感を掻き立てるタイプの、強引にジャンル分すれば心霊ホラーだ。プラス、家族ドラマの恐怖モノでもある。

画面は端正でジャンルムービー的なチープさはない。アニーは自分たちの人生をミニチュアの模型で再現するアーチストで「母の最後の入院」シーンを作ったりするのだが、実際に作られた模型たちもなかなかのクオリティだ。家族が住む森の中の家も立派で、夫婦とも少し前のボルボに乗っているあたり階層を感じさせる。

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前半はニューロティックホラー的展開。ポランスキーの『ローズマリーの赤ちゃん』を思い出す人は多いだろう。構造的にはすごく似ている。家族に接近してくる奇妙な高齢者、妻だけが感じる不吉な予兆は、ひょっとすると彼女の精神が参っていて浮かぶ妄想や幻想じゃないか...と観客も疑う作りだ。同じポランスキーの『反発』『テナント』とも似てる。

特徴的なのはサウンドの演出で、画面上はごく普通のシーンにこれ以上ない不穏な環境音楽的劇伴が重なると、途端にまがまがしいことがおきつつあるみたいに見えてくる。そんな感じで観客に「予兆」だけ十分感じさせ、そこに突然「どーん」とアイコニックなまでにインパクトのあるシーンがぶち込まれる。

その一方で亡くなった祖母がどうやら精神的にかなり偏向していて家族にも影響を与えていたり、そのせいなのかアニーは普通でない形で過去に家族を失っていたり...という要素も徐々に足されていく。アニー役のトニ・コレットは美しいのだが序盤から恐ろしい形相で絶叫して見たりして、すでに怖い。娘役ミリー・シャピロは、原宿ファッションやJアニメ好きな16歳、という素顔が想像できない異様な「何か持ってる感」をかもしだす。

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後半に向かう展開も『ローズマリー』と共通だ。オチに近づくのでこれ以上は書かないが、前半の不安感や家族関係のキツさ描写から、クライマックスに向けてインパクト連打へと盛り上げていく。ラストに向けては若干の「なんじゃこりゃ」シーンも出始める。古典的名作『エクソシスト』の少女逆さ四足歩行みたいな感じだ。

インパクトシーンの容赦ない見せ方やある種筋の通った救いのなさ、監督は日本も含めた色々なホラーの古典を参考作に挙げているけれど、ピーター・グリーナウェイの『コックと泥棒、その妻と愛人』も挙げているのは納得度が高い。教養人でありながら、あえての装飾的とも言えるグロシーンの見せ方...たしかに通じるものがある。

ラストは全くハッピーエンドじゃないにも関わらず奇妙な祝祭感に包まれたままエンドクレジットを迎えるだろう。

 

 


■ミッドサマー

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ストーリー:大学生ダニー(フローレンス・ピュー)は突然両親と妹を失いそれ以来時々パニック発作に襲われる。そんな彼女に同情しながらも彼氏クリスチャン(ジャック・レイナー)は軽いうざさを感じていた。留学生ペレの誘いで男友達だけでスウェーデン旅行に行こうとしていたのがばれ、ダニーも同行することに。ついてみると森の奥の村ではみんなが白い民族服に身を包み、白夜の中夏至祭が始まるところだった....

前作の評判もあって、本作はけっこうな話題作だった気がする。ビジュアルもいいんだよね。北欧って今だとどっちかというとミニマル・ナチュラルで趣味がいいモダンデザインのイメージが強いけれど、本作は花満開の白い衣装の男女、的イメージだ。

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本作はスウェーデンのプロデューサーからの自国を舞台にした作品オファーを受けて、監督自身の恋愛(失敗)体験を重ねて作られている。しかし面白くも不思議なのは、このスウェーデンの田舎に対する圧倒的な異世界視線だ。だいたいこういう「奇妙な風習を守る文明に迷い込んだ先進国の若者たちがひどい目に...」モノは亜熱帯とかの未開とされている民族を適当に設定するのが圧倒的に多い。名もないチープな作品が無数にあるだろう。

逆に自分たちの国に隔離された奇妙な村があるタイプも結構ある。このジャンルの名作(本作のリファレンスの1つだろう)『ウィッカーマン』はビジュアルもネタも実によく似ている。『リーピング』『ホットファズ』もそうだ。でもスウェーデン。他国でありつつ、さっきも書いたみたいに、社会的にははっきり言ってアメリカよりモダンな部分が結構ある、そこをこういういわばオリエンタリズム全開でエンタメ化するという...

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本作の中には老人がコミュニティーから身を引き、若者たちが生活する領分を守る、という資源が少なかった時代の風習が描かれる。日本では『楢山節考』で描かれた姥捨と同じだ。ちなみに姥捨まで行かなくても、ある年齢以上の老夫婦が村から少し離れた山林に近い家に移る風習はじっさいあった。思えば桃太郎の老夫婦もそれかもしれない。

まあそれはともかく、メイポールだったり、多産の儀式=公認されたsexだったり、自然素材を使った不気味な装飾だったり、古代文字だったり、キリスト教以前の古代ヨーロッパ文化を思わせるアイテムてんこ盛りで、多分欧米の観客も考察や解説で何杯もご飯が進むだろう。儀式的sexのシーンで何故か老若の女性が全裸になる....トム・フォードの『ノクターナル・アニマルズ』を思い出した。あれは悪意に満ちたアート作品としてだったが。

ところで監督は好きな日本の(ややホラー味の)作品に溝口『雨月物語』を挙げている。古いモノクロ映画だけど画面のアーティスティックな美しさは比類ないので未見の方はぜひ。

■写真は予告編からの引用

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