007カジノ・ロワイヤル/慰めの報酬/スカイフォール


→予告編<カジノ・ロワイヤル><慰めの報酬><スカイフォール>
もともとこのシリーズ、あえて見るタイプじゃなかった。特にロジャー・ムーアとかピアース・ブロスナンとか、ああいうタイプのゴージャス顔がそもそも好みじゃないのだ。奴らがハイテクガジェットのおかげで大活躍して余裕の笑みを浮かべても・・・でも、新作3本、あらためて見てみると画面の豪華さとか、やっぱりそれなりに楽しい。ダニエル・クレイグはいい。ドイツ人ぽい顔で、国家の高性能暴力装置として思い切り粗暴なほとんど悪役にもなり、うそっぽいガジェットにたよらずに体ひとつで走り回る。スーツ姿もエレガントというより隙のない仕事着の雰囲気で、車にたとえればフェラーリロールスロイスよりメルセデスのハイチューン版だ。
3作ともダニエルーボンドはあまり任務を楽しんでいるふうには見えない。指示に従わずに「結果出せばいいんでしょ?」と上司に苦虫をかみつぶさせるいつものあれも、ニヤリとしながらというより「しょうがないんスよ現場はバタバタで」的な必死さだ。そう、このシリーズのボンドは余裕がないのだ。ダニエルは3作をつうじてほとんど笑わない。冗談もほどほどに飛ばすだけだし、任務中の遊びめいたシーンもない。ボンドから優雅さや余裕を取り去って、任務に追われるプロフェッショナル像に振ったのがこのシリーズのモダナイズなんだろう。とくに『スカイフォール』では適性検査まで受けさせられて、システムの中のコマ感が高まっている。

シリーズのお約束かつボンドの重要な属性なので、セックスシンボル部分はそれぞれ用意している。でもどれも正直効いていない。むしろ『カジノ・ロワイヤル』でパートナーに真剣に惚れ込むストーリーがこのシリーズのボンドにあっている。『スカイフォール』ではとうとうセックスシンボル性もほとんど取り払われて、ターブラとかのアンビエント系BGMがひびく洋モノ”マッサージ系”動画よろしく、セクシーな後輩にケアしてもらうエロスになってしまった(いちおう別の女性とは寝るんだけど、あれは完全に義務的セックスシーンだ)。
思うにボンドのもてキャラは、まあそもそもお色気こみのシリーズだから、といえばそれで終わりだけど、かれの任務はかならずキーになる女性がだいたいは寝返ってくれることで達成されるわけで、つねに女性の力が不可欠なのだ。このシリーズはセクシーでエレガントで強い男をひたすら絵になる感じで見せるけれど、男が男に惚れこむホモソーシャルの世界には入り込まない。多少その香りがただよってもどっぷりはいかないはずだ(全部は見てないから例外あるかもしれないけど)。そもそも「女王陛下の007」なんだよね。女王につかえる騎士だ。単にエリザベス女王がずいぶん長い間元気だからそう見えるだけかもしれないけど、イギリスものはどこかある種母系社会的な香りがするんだよなあ。サッチャーを受入れたりね。
そこで<上司M=初老の女性>がでてくるわけだ。男性上司の場合は、オヤジ的包容力だったり、優雅な男同士の共犯関係だったり、あるいは<立場上はやつが上司だけれど、うつわ的にも魅力も全然勝ってるオレ>的な、自由な組織人ものによくある関係性になったりする。でも女性になったことで、その種の関係はなくなった。女性とはいっても名優ジュディ・デンチ(このブログだと『あるスキャンダルの覚えがき』が印象的!)なので性的な関係がにおわされて話がとっちらかることもない。そんなわけで、当然のようにMは「マム」になる。女王陛下とあわせて二重にビッグママにつかえる007になったのだ。1、2作ではそれはにおわされるだけだったけれど、『スカイフォール』ではママ関係は敵役のモチベーションであり、テーマそのものになってしまった。ジュデイ・デンチは甘さ成分少なめの威厳に満ちた女性なので、振り回されるガミガミ上司キャラを若干混ぜてほどよくコミカルにもしている。
モーリス・ビンダーのデザインで有名なオープニングのタイトルロール映像にも、こじつければそんな香りがする。いままでのシリーズもほとんど女性が写っているけれど、その扱いはダンサーを観賞しているふうだ。新シリーズ3作ではちょっとテイストがちがう。『カジノ・ロワイヤル』はシンプルなグラフィックで格好いいけど女性が写らない。『スカイフォール』にちらっとダンサー風女性がうつるものの、『慰めの報酬』『スカイフォール』では巨大な女性になすすべなく振り回されるボンド、という風になっている。女性が沙漠の丘陵のカーブとかさなったり、巨大な手となって水中にひきずりこんだり。大地母神としての女性みたいなね。

さて、アクションとかストーリーは、もうおなじみの感じ。ストーリーはほどほどにリアリティと現代性はある敵役とかの設定にはしているけど、舞台がワールドワイドすぎてなんだかよくわからなくなるし、さっき書いたみたいに『スカイフォール』は悪役が完全に個人的な動機で巨大組織をうごかすという展開だし。アクションはカーアクション中に事故起こしているくらい迫真で、それぞれのシリーズで十分格好いい。でもあれかな、『慰めの報酬』は変にカットを切りすぎて俳優たちの位置関係とか形勢がよくわからなくなっていた。あとクライマックスのホテルでの戦いで現代建築であるホテル(本物はチリにある)が、たかだか火事で全面的に崩壊するのはさすがにうそっぽかった。ああはなりませんよいくらなんでも。だいたいどれも、たかだか一人を、第三世界のみなさんに大迷惑をかけながら追っかけるシーンが多くて、その後の補償とはしてるのかとか大英帝国的なお気楽さは感じる。

それより、やっぱりダニエル=ボンドのスーツやコートの着こなしですよね。ダニエルはマッチョすぎてカジュアルな格好はあまり格好よくないけれど、さすがにスーツのフィッティングは無敵の仕上がりだ。とくに『スカイフォール』はいい。ショートコートを着た後ろ姿が絵になりすぎる。ぼくも少しウエストが絞られたショートコートを着て襟を立ててみたけれど、ダニエル感はみじんもただよいはしなかった。あとは田舎に行ったときのハンティングジャケット風のショートコートも格好いい。
ところで『スカイフォール』のQ(メカ担当サポート)役のベン・ウィショー。『パフューム』以来だけど、イギリスの瑛太的たたずまいでなかなかだ。ここに明確にギークキャラを配置してるところも、いま風へのめくばせなんだろうか。