ナミビアの砂漠 & 夜明けのすべて & あんのこと.

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ストーリー:21歳のカナ(河合優実)は脱毛サロン勤務。不動産会社に勤めるやさしいホンダ(寛一郎)と別れ、ボンボンのクリエイターハヤシ(金子大地)と暮らすようになる。でもカナのメンタルはだんだんキツくなっていき.....

監督、山中瑶子。スタンダードサイズの狭い画面の中でもがいているような河合優実をひたすら見せる。いろんな人がいうようにグレタ・ガーウィグの『フランシス・ハ』や『わたしは最悪。』と並べたくなる。このヒロインは清々しいくらいだれともつながらず、シスターフッド的香りもない。あと特徴的なのは音楽で物語の雰囲気を作ることもいっさいしない。カナが聞いているであろう環境音を強調して聴かせる。混沌とした状態では色んな音が過剰にミックスされてノイジーに響くのだ。

カナの表情やセリフは実にいろんなトーンがあって見飽きない。歩き方だってシーンでぜんぜん違う。カナはハヤシに基本むかついていて、まったくそれをためないどころか殴る蹴る、物を落として拾わせるなどを繰り返すのだが、罵倒のトーンも上手くて聞いていて気持ちがいいし、乱闘シーンもお互いに傷つけないように揉めているのがわかるので微笑ましく見られる(でもだいぶ疲れるはずだ)。変な表現かもしれないが、河合さん、シルエットはスリムながら身体がダイナミックで、独特の野太い感じが日本人俳優には珍しいんじゃないか。

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(c)2024 ナミビアの砂漠製作委員会 ハピネットファントム・スタジオ

本作、じつはヒロインのセクシーな映像がけっこう多い。セクシャルなシーンじゃない。それは1シーンだけで、あとは自宅でまどろんでいたり、リラックスしていたり、彼女の単独シーンなのだ。変な話、女性アイドルのイメージビデオで1人でリラックスしている風な映像がよくあるけど、ちょっとアレに共通する部分もある。絡みは邪魔なのだ。『哀れなる者たち』(セクシャルなシーンを全然セクシーじゃなく撮る)と逆だ。

カメラ位置が少々あざとい時もあって、いま男性監督が若手新進女優にこういう撮り方はしづらいはずだ。監督はどんなつもりで撮ったんだろう。意地悪く解釈すれば、男性の観客と撮り手のメイルゲイズ(男特有の視線)を露悪的に「こういうの見たいんだろう」と突きつけて見せたのかもしれない。物語の中でも彼女はそんな視線にちょっと晒されるしね。あるいはもっと素直に同性ながらえもいわれぬものを感じて映像に残したのかもしれない。

とにかく、そんな撮り方ができたということも、いい感じに振り切った演技も、きれいにまとめようとしないちょっとコラージュ的作りも、すごく「今の記録」という感じがした。2024年の、ということもあるけれど、ようするに若さということだ。撮り手と俳優のね。これからも、もっと存在感が増した2人のコラボレーションはあるかもしれない。そこでは相応の違う撮り方や演じ方になるだろうから。

 

 


🔹あんのこと

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ストーリー:21歳の杏(河合優実)は母親のDVに苦しみ学校も行かず売春で家計を支え覚醒剤にはまっていた。逮捕した刑事多々羅(佐藤二郎)が運営する支援組織に通い、週刊誌記者桐野(稲垣吾郎)のつてで介護施設で働きはじめた杏は夜間学校にも通い少しずつ人生を立て直していく。しかし2020年、新型コロナ蔓延ですべてがくずれ....

2024年公開、監督入江悠。実話の悲劇がベースだ。物語の大枠は忠実な再現で、変えているのは多々羅の事件が起こったタイミング、それに後半にある、杏のもとに飛び込んできたある出会い、の2つだ。

監督はアメリカ韓国と違って日本でこういうジャーナリスティックな商業映画が少ないこと、そのリスクを避けようとすることを言っている。本作ではそんな使命感や覚悟もあったんだろう。その分、必要以上に美談にしたりキャラクターを魅力的にしたり面白くすることも抑えたと思う。

だから見ていて辛い。ジャーナリスティックな作品の『福田村事件』の世話物的な面白さも、おなじような社会から見捨てられた女性を描いた『市子』のピカレスクロマン的魅力も、あえて封印していて、事実とおなじようにカタルシスも救いもない。

無料の配信ならともかく(ぼくもそれで見てる)劇場にお金を払って見にいく動機を持つ観客はやっぱり少ないモチーフだろう。彼女の境遇に共鳴する人にはあまりに辛い。じゃあ彼女とは遠く離れた環境の(ある意味しあわせな)人がある種の使命感で見に行く?.

『福田村事件』も『市子』もそうだけど、俳優の役割っておおきいなと思う。画面にチャームと豊かさを与える役者の魅力。メジャーで活動する俳優が、若い世代もこういう仕事をやってくれるのはすごく頼もしい。

 

 


🔹夜明けのすべて

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ストーリー:PMS月経前症候群)に悩み理解ある職場に移った藤沢さん(上白石萌音)とそっけない後輩の新入社員山添くん(松村北斗)。山添はパニック障害で元の職場を続けられずここに移ってきた。2人はお互いの症状のことを知り、なんとなくお互いに助け合う....

2024年公開、監督三宅唱。主人公2人とも「自分ではどうにもならない自分」を抱えて、待遇のいい企業からドロップアウトした、乱暴に言ってしまえば社会の弱者の側によった若者の物語だ。でも『あんのこと』に比べると穏やかな気持ちで見られる。最初から最後までまったく辛くない。ちょっと微笑むようなシーンもあるし、だれもが魅力的だ。後半のちょっとした2人の達成と、テーマが劇中の言葉になっていく展開もきれいだ。

最初は2人がいる会社が「なんぼなんでもユートピアすぎだろ」とは思った。あまりにも社長はじめだれもが優しいし、ものすごくマイナーな分野の会社なのにそこそこの人数が長年務められるくらいには経営も安定していそうだ。この擬似家族的な「救いの居場所としての会社」描写、時々出てくる。古い例で思い出したのは『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の会社だ。

たぶん監督は「こうあるべき」世界を描こうとしたんじゃないか。人の弱点を受け入れて、それぞれできる範囲で助け合う関係(人生を捧げて誰かを救おうという偉人的な人は出てこない)。弱点のせいで排除されないから自分もそれを認めて共生できる。ユートピアな会社だけじゃなく、山添がいたもっと競争的な会社の上司もそういう柔らかさを持っている人として描かれる。

舞台は大田区の馬込周辺。下の写真みたいな感じの線路脇の坂が印象的に映される。冬場メインの印象で、藤沢さんのコートとマフラー姿は可愛かったけれど、風景が少し寒々しくて日本映画で時々ある感じを受けてしまった。でも飾らずに美しさを見出したいんだろうなあ。監督の前作『ケイコ 目を澄ませて』でもやっぱり普段着の風景ですべてを撮っていた。