大聖堂のようなストップモーションアニメ−1  MAD GOD &JUNK HEAD

中世ヨーロッパの大聖堂は作り始めてから完成まで何百年かかったものもあったという。現代のサグラダ・ファミリアだって140年近くたってまだ未完だ。流石に大聖堂と比べるのは大袈裟だけど、ストップモーションアニメーションもとにかく時間がかかる。商業映画で公開できるくらいの長さだと、大体複数年かけている。メイキングを見ると現場が巨大というより、1秒24コマの1コマずつ人形を動かし、場合によってはコマごとの表情の変化のために無数の顔のバリエーションを作り、カメラの動きとシンクロし...眩暈がするほど手数が多いのだ。取り上げる3作、どれも立ち上げから余裕で10年以上かかっている。

■MAD GOD

<公式>

ハリウッドのメジャー作品にも関わる特撮・特殊効果の巨匠、トッド・フィリップス参考)が30年前に制作着手、2022年ついに公開されたのが本作。トッドは『スター・ウォーズ』シリーズのクリーチャーをデザインし動かし、『ジュラシック・パーク』ではCG技術に特撮が追い落とされても動きの演出で関わり、『スターシップ・トゥルーパーズ』では昆虫星人をCGで動かし2作目では監督もした。

制作期間30年といっても、しばらく休止していて、トッドをしたう技術者や会社のスタッフ、ボランティアが集まって、本業をのかたわら進めていた形なんじゃないか。メジャーなSFXスタジオのボスの作品といいつつ、自主制作感は半端ない。監督のイメージ、世界観を希釈せずに作り切った。長い間に断片的に作っていたシーンを無理やり構成して長編にしているから、公式サイトにも一応ストーリーは書いてあるけれど、たった2行。それ以上書きようがないのだ。主人公は途中でいなくなってしまうし、イメージのコラージュだと思ってみた方がいい映画だ。

https://m.media-amazon.com/images/M/MV5BODI5NjIxODktNjczNS00ZGY5LWE4NjUtNGNlYmJkOWI0YmM5XkEyXkFqcGdeQXVyMTM2MzgyOTU@._V1_.jpg

© 2021 Tippett Sudios Inc.

物語では、主人公のアサシンが人類最後の博士的な人物の指令でポッド状のもので地下世界に降りていく。地下は高度に機械化されて絶えず何かが作られている。働いているのは泥で作られたような量産型の人間。そこらじゅうに不気味なクリーチャーがいて、お互いに捕食したり潰したり引き裂いたりしていて、体液が撒き散らされ内臓がぶちまけられる。

ドロドロした、暗く、インダストリアルな風景。内臓感満載のクリーチャー。どこかお馴染みのイメージだ。まず思い出すのが、チェコストップモーションアニメの巨匠、ヤン・シュワンクマイエルの短編アニメだ。この技法、有機的なイメージに向いているんだよね。

あとは『裸のランチ』ではドラッグ中毒になった主人公の妄想に出てくる昆虫的・爬虫類的なクリーチャー。もちろん監督本人の『スターシップ・トゥルーパーズ』の異星人と人間の感じも思い起こさせる。『エイリアン』に関わったH.R.ギーガーのイメージも濃厚にある。何が、というよりも、監督が人生を過ごしてきた映画とその関連美術の、無数のイメージやクリーチャーの記憶がどろどろに溶け合って渾然一体となっているのかもしれない。

映像はストップモーションだけじゃない。意外だったのは途中では人間の役者がメイクをして演じている。特殊効果やアニメーションと実写をシンクロさせる技術も監督が開発したものだ。意外すぎるのは、マッドサイエンティスト風の老人役は監督自身かと思っていたのに(顔は知らなかったし)、クレジットを見ると、なんとイギリス人監督のアレックス・コックスだった。どういう縁なんだろう。コックスが出演したのはだいぶ昔で、完成作を見ても自分の芝居がこんな具合に収っているとは知らなかったらしい。

ラスト近くで突如また違う技法が連打される。何かの世界の生成風のシーン、さまざまな化学薬品が混合され、互いに浸透し、泡立ち、幻覚のようなビジュアルを作り出す。これは『ツリー・オブ・ライフ』で、去年亡くなった特殊効果の巨匠ダグラス・トランブル監修で撮ったシーンそのものだ(やっぱり世界の生成シーンだった)。本作に彼の名前はクレジットされていない。でも同時代の特殊効果のマスターが触れ合ったみたいで味わい深かった。

 


■JUNK HEAD

<公式>

こちらは去年見ていた。公開は2021年、監督堀貴秀が原型の短編の制作を開始したのが2009年、短編が評価されて長編制作を開始したのが2015年、本編だけでも7年がかりで、立ち上げからは12年だ。『MAD GOD』と設定が似ているのが、なんというミラクルな偶然だ的に言われている。確かにストーリーの発端は「地上の人間がポッドで地下深くの世界に調査員を送り込み、地下の人間とは違う生き物たちと触れ合い...」そっくりだ。地下深くには高度に工業化された世界があって、下へ下へと無限に広がる。

とはいえ迷宮めいた地下世界がストップモーションには合う設定なのも確かだ。この技法で遠景まで見える抜けのいい舞台だとなんだか薄味になってしまう。地下迷宮なら、視界に入る制約された空間を作り込めば濃密な映像になるし、観客の想像を見えない無限の広がりに誘うことができる。全てじゃないが『ファンタスティックMr Fox』だって『クボ 二つの弦の秘密』だって地下世界が舞台になっていた。

設定は近くても作風はまったく違って『 MAD GOD』の息苦しい濃密さはない。不気味なクリーチャーや身体の損傷と体液のイメージはあるけれど、全体にドライで整然としている。アキラ以降のメカ描写は伝統にのっとってるし、全体にユーモラスで登場人物たちが可愛いのだ。

物語もかなり整然として一貫性がある。主人公は(途中で寸前までいっても)消滅することもないし、ミッションが見失われることもない。終盤がちょっとアニメ調のエモーショナル展開になってしまったけれど、本作は序章で、ここから話は広がる。