犬が島 Isle of Dogs


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ストーリー:日本にあるメガ崎市。市長のコバヤシは蔓延する〈ドッグ病〉の対策として、海をはさんだ島に市内の犬たちを隔離する政策を発表する。島は廃棄物の捨て場だった。捨てられた犬たちは野生化して生き延びる。ある日、1機の小型機が島に不時着する。乗っていた少年アタリはずっと自分に付き添っていたスポッツを救い出しにきたのだ。島にいた犬たちはアタリに付き添うことを決める。一緒にスポッツを探すのだ。一方、市内にいた中学生の新聞部員たちは、犬をめぐる市長の陰謀を暴き出そうとしていた......

うーんびっくりしました…….いや、お話自体は単純だ。悪役はシンプルに悪役で、犬たちは真っすぐで捨てられてもなお飼い主を愛し、知性があり、勇敢でしかも可愛い。そして主人公の少年アタリは、勇敢でヒロイックで子供にしては異常にスキルが高い(飛行機の操縦ができたり筏の設計ができたり)、由緒正しい少年ヒーローモノの主人公だ。大勢に流されて犬たちの迫害に加担してしまった大人と対象的に、中学生たちは真実を伝えようと動き続ける。あるよね、こういう寓話!


でも「ああ、ありがちだなぁ」となってるヒマはなかった。それより「たまげたなぁ」的感慨がね。なにに? ここまでやりきった監督にです! 人によって感想はもちろん違うだろう。可愛い犬と少年のストップモーションアニメ(長いからSMAと書く)。日本文化の上手い味付け。黒澤の気の利いた引用。ポップアイコン化するウェス・アンダーソン、今回も上手いこと突くじゃないの、と見る人もいるかもしれない。でもぼくは奇妙で悪夢的で美しい、受ける確信がだれも持てそうにないこの世界を、堂々たるスケールで作り上げてきた監督の、制作者としての腕力と大胆さに圧倒されたのだ。

製作には4年がかかっている。SMAはとにかく時間がかかる。1フレーム=1/24秒をすべて静止画で撮り、その度ごとにキャラクターも背景も動くものすべていじるんだからね。しかも映る世界が広い。同じSMAの名作、ぼくの心のランキング上位にいる『メアリー&マックス』は、背景自体はそこまで大規模じゃなかった。いやNYの街を見せるシーンとかもあったか。『アノマリサ』は基本室内劇だ。本作は犬や少年たちが冒険する世界が圧倒的に広い。次々と色々な風景が、建築が、構造物が舞台になる。そのすべてが饒舌でいつまでも見ていたいような説得力があるのだ。


廃棄物に埋め尽くされた島といえば豊島がある。メガ崎市はどことなく瀬戸内海沿岸に見えた。小島大久野島、文字通りの犬島...瀬戸内海に散らばる近代遺構が横たわる島々。本作の島はあらゆる産業遺構のショーケースだ。工場やプラントだけじゃない、捨てられた観光施設と草原の風景もある。産業遺構自体はドイツでは観光化されているしメジャーになってきてる。廃工場を舞台にするのは低予算映画ではおなじみだ。でも画面からはあきらかに「好き」が滲みだしている。ディティールがにくいのだ。いっぽうメガ崎市の「ファンタジック日本」世界も、日本人監修者の力もあってしっくりくる。
説明的なパートでは絵が使われる。日本画調でありつつ、伝統的な浮世絵や狩野派とかの描写じゃない。一番近いのはポップなアプローチの日本画だ。有名なところでいえば束芋だし天明屋尚だし、町田久美だ。山口晃ももちろん思い出す。アニメでいえば『モノノ怪』がそうだった。本作の美術担当は特に名前の出ているアーチストじゃないみたいだけれど、全体のトーンを相当支配する重要な役目だ。ウェスの様式的な画面構成に、様式的な絵や美術がすごくフィットしていた。


もちろん人びとのデザインも日本人ぽくオリエンタルにデフォルメしてあっても、なかなかいい線だ。悪役かつ重要人物の市長は黒澤『天国と地獄』の三船敏郎だ。もう一方の主人公、犬。表情豊かで愛らしいんだけど、子供向けアニメのように擬人化した顔の表情を使わない。そのかわり見つめかたとか姿勢とか、小走りにちょっと動くところとか、犬ならではの振る舞いで表現させる。犬とつき合いが長い人ならすごくわかるはずだ。人語は喋るけどカートゥーンぽくない。ただ、長毛で耳が垂れている、テリア系っぽい顔が多いんだよね。ほかの犬種ももちろんいる。だけど柴がいない! 日本なのに....じつに細部まで日本に寄せてきているのに 、そこだけ不思議だった。