ファンタスティックMr.FOX

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ストーリー:キツネのFOX夫妻は結婚前ニワトリ泥棒のパートナーだった。今では息子もでき、新聞記者を仕事にしている。でも地下の穴から樹上の家に引っ越したMr.FOXの野生の血が目覚め、泥棒稼業を再開してしまう。被害にあった3人、養鶏のビーン七面鳥のハギス、林檎酒作りのバンスは報復にMr.FOXを銃で狙い、巣穴をパワーショベルで掘り起こす。追い詰められたMr.FOXは反撃に出る....

ウェス・アンダーソン作品で見損ねていた1作。子供でも見られる作品としてストップモーションアニメで作られた。ウェス作品、そもそもアニメ的だ、と思う人は多いはずだ。監督のビジョンがすごくはっきりしていて、実写でも撮影はその再現みたいなイメージがある。カメラや人があまり動いていないグラフィックなシーンも多いし。

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ウェスは本作の前『ライフ・アクアティック』でストップモーションの監督『コララインとボタンの魔女』のヘンリー・セリックと仕事をしている。本作では脚本、声優の録音を先に済ませて、そこから絵コンテ、アニメーションチームで撮影という順序だったそうだ。ひょっとするとストップモーションはそういう手順が一般的なのかな。

さて本作は監督の子供の頃の愛読書らしい、ロアルド・ダールの絵本が原作だ。見てみると大筋は原作どおりだし、細かいチャプターに別れる構成も本と同じだ。ただ映画用に変えてある部分もあって、そこがいかにもウェスらしいのだ。

まず、主人公の動物たちだ。Mr.FOXやアライグマは、原作でも服を着て擬人化したキャラクター。映画ではさらに進めて、服は人間たちよりお洒落だし、無線で通信できるし、クレジットカードも持ってるし、子供たちは学校で化学の実験をしている。おまけにサイドカー(キツネサイズ)で激走だ。監督好みのガジェットや乗り物やファッション、インテリア....その手の要素が動物たちにも全面的にあたえられる。

それもあって、動物と人間の衝突も少しトーンが違う。原作では、言葉を話す知能の高い動物が体一つで人間に一泡吹かせる。人間は銃器や建設機械まで持ち出して過剰に反撃する。人間の環境破壊が動物を追い出す話で、ジブリの『平成狸合戦ぽんぽこ』に近い線だ。少し広げれば物質文明が進んでいない先住民と物質文明側のあつれきにも見える。

映画では、動物側も十分に物質文明の段階に達している。素朴な描写にしているもののちょっとした武器さえ使うのだ。上の例えで言えば資本家とハッカーの争いみたいだ。『借り暮らしのアリエッティ』的な体の小さい人たちの物語に近いとも言える。そんなわけで原作の少しエコっぽい空気は映画からはほぼ消え去っている。

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改変のもう一つ。これも実にウェスらしい。原作ではMr.FOXは泥棒稼業から引退していない。妻や子供達に「お父さん、今夜はチキンね!」といわれて「よしきた!」みたいにニワトリを盗みに行く。それがキツネの日常なのだ。映画版ではニワトリ泥棒はちょっと違う意味がある。子供ができて妻に「無茶はやめて」と言われ新聞記者になったMrは典型的な去勢された中年男で、それに抵抗するかのように「野生の血がオレを動かす、男でいるためには冒険が必要なんだ」とばかりに妻の目を盗んでわざわざ危険な泥棒に行くのだ。

ある程度の年になって何かを取り戻したくなり無茶する父(時には母)と振り回される子供達、というモチーフはウェス作品でおなじみだ。ただしMrはもともと頼れる父なのでいつもの振り回すだけのダメ父じゃなく、ウェス作品の中でも際立って格好いい。衣装にも凝りにこってスタイリッシュなスーツを着せ、声優ジョージ・クルーニーに渋くセクシーに喋らせる。

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アニメーションは毎秒12コマ(映画の半分)で動かし、スタジオライカみたいなCG的な滑らかな動きじゃなく、パペットアニメらしさをむしろ全面に出している。動物たちの動きも物理法則にしばられない漫画的なところが多い。キャラクターデザインは、テクスチャーや顔の構造は動物そのままで、FOX一家には人間的な微妙な表情を与えている。『犬が島』だと犬は言葉を喋る以外は犬としての表情、動きだけしていた。

この辺りの微妙なチューンの違いが面白いんだよね。本作は動物は動物でありつつ(人間社会とは別のところで暮らしている)、人間並みの文明を持っていて、なんなら言語のやり取りもする。けっこう微妙なラインなんだけど、ファンタジーとして不自然感がない。むしろドールハウス的な小さな生き物の暮らしが見ていて楽しい。『犬が島』は人間と犬の関係がメインだし、物語を進めるのは人間だから犬はより実際の犬に近いポジションにしてある。

原作つき、『イカとクジラ』のノア・バームバックが脚本を書いた本作はすごく分かりやすいカタルシスがあって絵的にもまとまっていて万人向けだ。音楽も実にいい。それと比べるとあらためてストーリーも世界観もセリフ使いも『犬が島』は冒険しているなあと思う。

■写真は予告編からの引用

 

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