銀座二十四帖

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ストーリー:銀座で花屋を営む通称花売りコニイ(三橋達也)は画廊でG.Mとサインがある1枚の絵に出会う。京極和歌子(月岡夢路)が出品した自分の若い頃の肖像画だった。絵の作者G.Mとの再会を願っていた和歌子はコニイの情報を頼りに探し歩く。次々とイニシャルG.Mの男が現れるけれど和歌子が探し求める人ではなかった。コニイはそんな和歌子を気にしながらも銀座の表と裏をかけ回る....

川島雄三監督、1955年の作品。日活制作。当ブログでいえば名作『洲崎パラダイス赤信号』の前年、同じような風俗モノ『明日来る人』と同年の公開だ。

本作、ストーリーの柱はヒロイン和歌子が探すG.Mは誰だ!? というミステリー。そこにコニイが狂言回しになって見せる、銀座の夜の世界とアンダーワールドノワール感をかもしだし、大阪から来たモデル志望の和歌子のいとこ雪乃(北原三枝)や、花屋で働く少女(浅丘ルリ子)たちのエピソードで若い風俗を散りばめる。

ノワール部分は銃撃があったり乱闘があったりヒロポンが流通したりで犯罪モノの空気もあるけれど、全体は軽妙ということばがぴったりのコメディだ。まず冒頭で森繁久彌のカジュアルな口調のナレーションが入る。このナレーションはところどころではさみこまれ、観客が物語に没入しすぎない適度な距離感と軽さをあたえる。

コニイは二枚目役だからおどけた芝居はせずにわりと真面目な正義漢でとおし、ヒロイン和歌子も健気な女性キャラで最後までいく。雪乃は当時の〈現代っ子〉で、スタイルはいいし、初対面の男性とも気軽に遊びに行くし、モデルオーディションに出場するし、和歌子といいコントラスト。当時の風俗映画でよくいた〈アプレゲール〉(戦後派みたいなもの)キャラの典型だ。

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そのほかバーに出入りする気取った画家の役で安部徹が出ている。『緋牡丹博徒 お竜参上』で憎々しいヤクザの親分をやっていたのとはまるで別人で、体はでかいがどこかお姐口調のカリカチュアされた役。ラスト近くまで身分を明かさずにいる謎の絵描き、大坂士郎はいまだと濱田岳の役だ。野球選手役の岡田真澄も若く、浅丘ルリ子はほぼこどもだ。登場人物が豪華で、わりと予算がある作品だったのかもしれない。

ただし、G.Mをめぐる謎解きも、ノワール的なアクションや悪役も、二枚目とヒロインのほのかな思いも、ぼくにとってはあまりささるものじゃなかった。三橋達也がそもそもそんなに好みじゃないこともあって、主人公に思い入れもない。けっきょく、本作の楽しさは「1950年代の東京の風景を思う存分見せてくれる」というところに尽きる。その意味ではかなり満足度が高いのだ。

タイトルに「銀座」とつくだけあって銀座が空撮から路地裏のロケまで映される。戦後たった10年なのに焼け野原感はまったくなく、ビルが立ち並び、銀座通りは都電と車と歩行者でにぎやかだ。当時の銀座のシンボル、柳の木が木陰を落とす。京橋も東銀座も高速道路はなくて、水路の風景が繁華街のすぐ近くにあるのが、今となっては新鮮だ。裏通りは今でも雰囲気が残るバーのある路地や、当時はあったらしい豆腐屋や八百屋が並ぶ庶民エリアも映る。

◾️1940−50年代の銀座(地理院地図)

銀座つながりで、池上線武蔵新田の近く、新田銀座が最初にうつる。このへんには花の農家があったらしい。完全な田園風景で、地元の人たちも「東京へ行ったら」なんて言っている。都内なのにそんな感覚だったんだろうか。花を積んだ車は環八を走る。とちゅう一瞬鹿児島市内が映ったり、物語の流れで大阪御堂筋のイチョウ並木や、いまはない大阪球場や、藤沢片瀬海岸も映る。アクションシーンは銀座4丁目近くのビルの屋上ロケっぽい。

映画のつくり自体、ストーリーと無関係に森繁久彌が銀座の街と周辺の紹介をしたり、やっぱり物語と距離感があって、主人公は銀座の街なんだな、という気分にさせる。ちなみに本作に映る建物で今でもはっきり分かるのは4丁目の服部時計店くらいで、松坂屋もGINZA-SIXになってしまった。ただし外から見るとまったく現代風の松屋は、じつは今でもこの時代の建物で、というか1930年代のがそのまま生きている。

それにしても1955年でこの感じ。なんだか混乱するくらい、戦争の影が見当たらない。物語的には戦争の記憶はあるし、花屋の少女たちは戦争孤児だろうし、ヒロポン常習者がいたりして、当時の雰囲気はあるんだけど.....そこは作り手と観客の思いの一致なのかもしれない。気軽に楽しむ娯楽映画なのだ。わざわざ映画で描かなくても瓦礫の山もヤミ市もいくらでもあったんだろう。スクリーンの中では楽しげな部分だけ切り取ったとしても、それがエンターテイメントの役目だ。

◾️写真は日活配信チャンネル『銀座二十四帖』冒頭から引用

 

 

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