斬、(名監督と蒼井優 その1)

蒼井優を映画で最初に見たのは『はちみつとクローバー』か『クワイエットルームへようこそ』だったと思う。いや『鉄コン筋クリート』の声優が先かな? ぼくが特に感心したのは『人のセックスを笑うな』のちょっと幼い美大生の役だ。で、たまたま最近みた2作、すっかり大人になった蒼井優がヒロインだった。

 

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ストーリー:幕末、江戸近郊の村に身を寄せのんびり暮らしている浪人、都筑杢之進(池松壮亮)の前に剣士澤村(塚本晋也)が現れる。澤村は幕府の警護隊に参加するための剣士を探していたのだ。杢之進の腕を見込んだ澤村は農民の若者市助と2人をスカウトする。そんな時、村に素性の悪い集団がやってくる。不安になる村人たち。杢之進は悩む。彼は剣の腕はあったが、人を斬ることはできなかった....

本作、レビューを見るとわりと評価が二分されがちで、まあ塚本作品である以上当然ともいえる。時代劇なのに映像はデジタルで雰囲気作りの加工もせず、普通に今撮った風だ。出演者も舞台も限られ、物語は前作『野火』と比べてもさらにミニマルな印象を受ける。普通の観客がエンタメに期待するような満足感とは違うだろう。

古くからの塚本ファンが好きな、インダストリアルな風景や音響と人間の肉体の融合・絡み合い的なもの、実験映画めいた奇妙な映像もない。出来事だけを追っていくと物足りなくなってしまうかもしれない。ぼくも正直にいうと少し薄味に感じないでもなかった。監督の作品はいつもそうだけど、象徴劇、寓話性がかなり高い一作だ。

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『野火』もやっぱり象徴劇らしさを感じた。熱帯の密林をさまよう主人公によりそう映像は体験型の雰囲気もあるけれど、その世界は監督の主観を通した表現主義的な映像に感じるのだ。本作は、過剰な映像表現は抑えられている。森の中のあるひとびとを集団でどす黒く描いたり、追い詰められた精神状態をメイクで強調したり、といういつもの表現はあるけれど、映像そのものは『野火』よりさらにナチュラルだ。

 塚本監督はインタビューで本作は『野火』のメッセージというか、迫り来る戦争の気配への危機感と同じ動機で作っているんだ、とはっきり言っている。ただ、20年以上前から刀に取り憑かれた浪人のモチーフは持っていて、やっと機会が来たんだとも。監督は、刀=兵器をめぐって、ひとびとと戦闘のいろんなかかわりの形をこのシンプルな物語に凝縮している。

主人公は腕はあるけれど人を斬れない。そのことにフラストレーションも感じている。そこに現れる、頼り甲斐がありそうで戦いの大義を説き、主人公をうむを言わさず引き込もうとする者。力もないのにそれに参加したがる農民の若者。見るからに〈村の脅威〉に見える素性の悪い集団。何かが起こった時「戦わないのか!」とプレッシャーをかける娘。立派なようでいてこっちから〈正義の戦い〉をエスカレートさせる者....ものすごく分かりやすい現代のメタファーなのだ。

「時代劇らしさ」のある映像にしないのも、ぼくたちと地続きの世界で刀=兵器が躍動しておたがいの肉体を破壊しあう生々しさの表現だろう。西部劇の銃撃を殺傷として描く『許されざる者』とも似ているし、映像を過去に押込めない『彼らは生きていた』のアプローチも思い出す。

本作に少し薄味さを感じてしまったのは、登場人物やエピソードに、メタファーの表現手段であることからはみ出た何かまで、ぼくが感じきれなかったからかもしれない。削ぎ落された物語、といえばそうだ。でも作り手のメッセージって出発点で、観客にはしばしばメッセージとは別の何かがむしろ残る。酒の芳醇さだって、雑味だし。

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とはいえ、絞り込んだキャストはそれぞれに物語をふくらませている。池松壮亮はいつものどこか受け身で内面を吐き出せないキャラで、繊細さはありつつ殺陣は(時代劇マニアじゃないぼくから見れば)十分切れがある。それから澤村役の塚本晋也。立ち姿がいつもと比べて剛直な感じて、ガタイはなくても凄腕な剣士、というリアルな雰囲気が漂っている。敵役の中村達也もお馴染み、ドレッドヘアー風で少しデフォルメされすぎな気もした。

そして蒼井優。芝居のうまさ的なものが分かりやすく見える役じゃないと思うけど、時代に違和感がなく、凛としていて、がっしりと物語をささえる柱の一つになっている。実年齢より若い役だけど童顔なのもあって不自然じゃない。〈がっしり〉でいうと、彼女は古風な顔だし、大柄でもないわりに、骨格がしっかりしているのか、どこか動物的なエネルギーを感じさせるところがあるのだ。セクシーさの表現にも現れる。本作でもそれはあった。

セクシーさといえば、主人公の性のエピソードがあって、『六月の蛇』にある意味つうじる不能性というか、本当の攻撃性を発揮できない主人公をこれまた分かりやすく象徴していて、「男の不能性」も考えてみると監督の一貫したモチーフだなあという気がする。

 ■写真は予告編からの引用

 

 ■蒼井優がでていた...

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