明日来る人


<日活web>
川島雄三1955年の作品。たいていの映画は別に後年名作として評価されるために作られるわけじゃないよねもちろん。だから60年後の観客にピンとこないとかいわれても監督は「知るかそんなもん」だろう。
うん、ピンとこない。あまりにも。
ま、その時の観客のニーズにはそれなりにあっていたんだろう。月岡夢路、山村聰新珠三千代三橋達也、それに三國連太郎など、当時はそこそこ豪華キャストたちが誰が誰に恋して的メロドラマをくりひろげる。リッチな実業家とか銀座でブティックをひらく女性とかヒマラヤに挑戦する登山家とか「戦後の困窮期を脱したんだおれたちは‼ 」という道具だてだ。
山村聰はいやに巨体に見えるスーツを着こなし、早すぎたトーキング・ヘッズを体現するし(古)、実業家だからどこでも運転手つきの車移動。新珠三千代は紗をかけたみたいにキラキラ撮って、服装も金魚風シルエットでおしゃれだ。
そして登山家。登山家はカラコルム遠征に挑戦する。ヒマラヤの一角をなす山脈だ。当時、カラコルムはけっこう熱かった(多分)。1955年には京都大学チームが戦後初の海外遠征で調査に入って、映画のあとの1958年にはおなじ京都大学チームがチョゴリザ の世界初登頂に成功する。どちらも記録映画になって公開されてけっこうヒットしたらしい。いま日本でピレオドール賞をとった登山家でも山岳愛好家以外にはほとんど知られることもないけれど、当時の海外遠征隊はこの映画みたいに記者会見をひらくくらい注目されるスターだったのだ。
おはなしは山村聰狂言回し。月岡夢路の父として、夫(三橋達也)が山しか見てないと不満たらたらの娘をさとし、新珠三千代パトロンとして店を出させて援助しつつも彼女が寄せる思いはいなし、若手研究者(三國連太郎)の相談相手として長年の研究書の出版のために口をきいてやる。当時45歳の山村は60過ぎの初老役なのでシンプルに髪だけ白く染められて若干コント気味の雰囲気でたちまわる。
それにしても川島雄三といえばかならず三橋達也がでてくる(しかもけっこう肝な役で)んだけど、ぼくはどうも彼がこのみじゃないのだ。設定としてはよさげでも魅力を感じたことがない。この映画でもエリート登山家っぽくはみえない。かれが一人でふらっと鹿島槍ヶ岳に登りに行って連絡がつかなくなり、思いが爆発して信州まで飛んで行った新珠三千代とふもとで再会して2人の気持ちを確認しあう。この山のシーンのセット感も半端なくて、ていねいに草木を植え込んではあるけれど自然景観のスケールが再現できるはずもなく、「ああ、ほどほどのメロドラマなんだなぁ」と逆にしみじみするというメタ体験を提供している。
洲崎パラダイス 赤信号』『江分利満氏の優雅な生活』で大好きな新珠三千代は、この映画ではひねりのない恋する女役だ。こうもヒロインヒロインした感じで描かれてしまうと逆にありきたりな美人女優に見えてしまう。月岡夢路にほれられる三國連太郎は、なるほど佐藤浩市の父だ、とさかのぼって納得できるシルエットをみせ、もちろん二枚目なんだけど、まぁ役のための役で、それ以上の感じはしない。
ま、トータルでいえば、因習的な生き方から脱して、戦後感あふれる「自分の思いに忠実な生き方」へつき進む若い男女を、老実業家がビッグダディとなって見守るというはなし。そんな気分を当時の日常からすればハイでお洒落っぽい舞台設定で描いたということだろう。