ストーリー：ジェームズ（ジェームス・スペイダー）とキャサリン（デボラ・カーラ・アンガー）はお互いのセックスに冷めてしまった夫婦。ジェームズはある時自動車事故で相手夫婦の夫を死なせ、自分も足に重傷を負う。相手の妻ヘレン（ホリー・ハンター）と再会したかれはあることに気づく。自動車事故に接近することで性的に興奮するようになっていたのだ。ヘレンに連れられて、事故を再現して観客に見せる秘密グループのリーダー、ヴォーンと出会ったジェームズとキャサリンはだんだんと彼の世界に取り込まれていく....
クローネンバーグ、1996年の作品。イギリスのSF作家J.G.バラードの小説の映画化で、原作は読んでいない。長編小説からエッセンスを取り出して主人公夫婦2人の関係に集中したのかもしれない。拡張された身体＝車と、柔らかく弱い本来の身体が一体になって性的な空間がうまれる、というような物語だ。
(c)1996 New Line Cinema via imdb
本作は「全編の7割がセックスシーン」などと言われるくらいあらゆるカップリングでセックスが描かれる。登場人物たちは性の可能性をもとめて、ためらうこともなく色んなシチュエーションにトライする。自動車事故の死の恐怖と性的興奮がセットになった人たちだから、事故の映像、事故車、すれすれの危険運転、事故現場.....死と歪んだ車体のイメージを追い求める。セックスの舞台も主人公夫婦以外はすべて車の中だ。人物たちは事故によって相手の体に刻印された傷跡にエロスを見出すし、ある人物は女優ジェーン・マンスフィールドの事故死シーンのために女装して、「愛犬も死に、彼女のウィッグが現場に投げ出される」ところまで再現する。
車をフェティッシュに捉えて、性的シンボルとして描くのは割とある。映し方で本作に似たものを感じるのはジョン・カーペンター監督の『クリスティーン』だ。古い車が暴力性のシンボルになる感じ、破壊された車を撮る視線は同質のものだ。あとはもっと直接的に車を性的対象として描いていたのが『TITANE』だった。
本作ではクローネンバーグらしく、車を性の対象というより「人体の拡張でありつつ、人体を暴力的に変形させたり、それで性的興奮を起こさせるメカ」として描いているように見える。洗車場で車が洗車機に乱暴に全身をこすられ、液をかけられ、車内ではカーセックスが行われ、主人公は両方を見ている、そんなシーンがある。監督の見方の一番分かりやすい絵ときだ。
ちなみに日本版のセックスシーンは、きっちりと大きな範囲でぼかされる。2021年に再公開された4K無修正版がどうかはわからない（僕が見たのは昔のDVDや配信版）。ただキャサリンのシーンは顔の映らないアップが多くて、ボディダブルをだいぶ使って撮っていると思う。それを感じると少し興醒めだが、キャサリン役デボラ・カーラ・アンガーはクールビューティーの極北みたいなタイプで、彼女の配役が物語のトーンにすごく効いている。
(c)1996 New Line Cinema via imdb
夫婦の間に入り込み、物語のコンセプトを引っ張っていくのはヴォーンという男。かれはジェームズ・ディーンやジェーン・マンスフィールドの事故死...無数の自動車事故に魅入られている。自分が乗っているのは古いリンカーン、ケネディが暗殺の日に乗っていた車と同じ（暗殺の瞬間とは違う）だ。
アメリカでも日本でも1960年代くらいまで自動車事故で命を落とすセレブは多かったと思う。自動車の安全性が低かったのが大きいだろう。それもあってえぐい自動車事故のシーンに取り憑かれる感覚は今より生々しかったかもしれない。有名なところだとアーチスト、アンディー・ウォーホールがいる。ウォーホールの場合は性というよりは死の強迫観念が強かったと思うけど。
via artisology
ちなみに主人公夫婦のジェームズが乗るのは赤いクライスラーのセダン、キャサリンが乗るのはマツダロードスター初代だ。”ミアータ”と呼ばれて、アメリカではああいう可愛い小さいスポーティーカーは女性用のイメージが強いんだと思う。じっさい物語中でもいじめられ役だ。ピクサーの『CARS』第1作でもミアータはミーハー姉妹キャラで登場していた。
