クライムズ・オブ・ザ・フューチャー  〜クローネンバーグ、愛と身体の破壊 その1

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ストーリー:遠くない未来、進化した人類は感染症への耐性を身につけ、痛覚も失っていた。アーティスト、ソール(ヴィゴ・モーテンセン)は“加速進化症候群”。次々に新しい臓器が体内で生まれる。パートナーのカプリース(レア・セドゥ)はソールの臓器にタトゥーを施し、パフォーマンスとしてそれを摘出している。かれに近づいてくる男がいた。男は1つの死体の解剖をパフォーマンスとしてしないかと持ちかける....

クローネンバーグ印満載の新作で、身体損壊や変容・有機的フォルムのメカ・内臓感覚からくる別のエロス....画面のそこここに溢れていて、宮崎印全部見せの『君たちはどう生きるか』と同じ満足感が得られる。少し鋭さが失われている気がする部分も共通だ。ちがうのは、本作には監督の自分史的要素は全くない。インタビューでは、加齢によってあちこち支障が出たり、仕方なく何かインプラントしたり、その辺りが「わたしの身体変容だね」とかいっているが...

クローネンバーグはこの上なく物語の外にいるタイプの作り手で、思考実験めいた物語世界の創造者であり被創造者たちの冷徹な観察者でもある。主人公ソールは文字通り自分の身を削って表現行為をするアーチストで、作り手が自分をかさねるとしたら彼になりそうだけど、その何かわからない内臓にタトゥーで意味づけして、観客の前で彼を切開して取り出し、解説して見せるカプリースがむしろクローネンバーグに近いのかもしれない。

監督の作品の大きな魅力はVFXによる独特のビジュアルなわけで、長年のパートナーであるデザイナーとのコラボレーションだ。本作に出てくる各種メカのデザインも彼女だ。ぼくが初めてインパクトを受けたのは『裸のランチ』の妄想クリーチャーや生物的タイプライターだ。本作では(見た人には分かるけれど)手術マシーンのオペレーターが使うぬちゃぬちゃしたリモコンの感じに近い。あと本作では顔に切れ目を入れる美女や、身体中に耳を増殖させたパフォーマーもいる。なかなかインパクトがあるが作中では「ぬるい表現」扱いされている。

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© 2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A.

それにしても「内臓感覚」と四文字熟語にしてはみても、人によってだいぶ違いそうだ。本作では手術で内臓を触ることがセクシュアルな行為として直接的に描かれる。通常のセックス意外の官能、クローネンバーグおなじみのテーマだ。雑な言い方なのは許していただきたいが、セクシュアリティによって性と「自分の内臓を意識する」感じの距離はだいぶ違いそうな気もする。本作は侵襲される側がタフな男性のヴィゴなところもいい味付けだ。

食べること。これも内蔵との付き合いだ。プロローグで子供が白い液体を出しながらプラスチックのゴミ箱をバリバリと食べる。「プラスチックを食べられる人類」が本作の重要なモチーフでもあるのだ。ソールは次々に内臓を生み出してしまうので体調が不安定で、食事がうまくとれない。上の写真の拘束機械みたいなのは、食事の補助機器だったのだ。そんな内臓感覚を見せたあげく「内面の美コンテスト(Inner Beauty Contest)」という謎イベントが出てきて、それが内臓のことだったのでさすがに笑ってしまった。ふつう精神面のことでしょう。

そんな感じで、モチーフやビジュアルは相変わらず他ではないモノで、満足して見た。ただ「鋭さが失われた」みたいな書き方をしたのは、物語のぶっ飛んだ設定を一生懸命飲み込もうとしていると、急に分かりやすくセリフで説明されたりしてしまうのだ。サブキャラクターで臓器登録所という役所の挙動不審美女がいるんだけど、彼女がソールたちのパフォーマンスを見て「あの手術はセックスね」と解説してしまうし、「私を手術して!」とソールに迫る。解説がなくても主演2人の徐々にたかまっている無言の演技でわかるのだ。それ以外も黒幕の公安スタッフが説明役になったり、おかげで少し全体に下世話感が出てしまったのが惜しかった。

主演ヴィゴ・モーテンセンは最近のクローネンバーグ作品の顔になっている。少し歳をとり、枯れた凄みも出てきて絵になる。相手がレア・セドゥなのもいい。彼女はなぜか作家系映画でヌードになることが多い(ウェス・アンダーソンでさえ!)。なにかイマジネーションを刺激する部分があるんだろうか。あと挙動不審美女のクリステン・スチュワートがぴったりとはまっている。『危険なメソッド』のキーラ・ナイトレイ並みの不審美女だ。

撮影はギリシャでロケしている。全体に古くくすんで荒廃の香りがする景色で、進化したのか退化したのかわからない未来のイメージに統一感をあたえている。メインのロケ地はPiraeusというアテネから10kmくらいの海沿いの街だ。このホテルもロケ地らしい。オープニングシーンは海岸で、横転してそのまま放置された船がじつに絵になる。たぶんここだろう。

 

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