アヴリルと奇妙な世界

ストーリー:物語の始まりは1870年のフランス。皇帝の命令で不死の薬品を開発していた科学者は言葉を話せる動物を生み出してしまう。歴史は下って1941年、帝国化したフランスで科学者の孫夫婦とその父は不死の薬品の開発をまだ続けていた。そこへ警察が急襲する。少女のアヴリルは逃走中に家族と離れ離れになってしまう。そして10年後、成長したアヴリルは言葉が話せる猫ダーウィンと隠れ家で密かに例の薬品を作ろうとしていた....

フランス・カナダ・ベルギー制作の2015年作品。1870年から1950年のフランスが舞台。だけどそのフランスはプロシアと戦争せずにナポレオン王家が代々皇帝になる一大帝国だ。しかもこの世界では技術革新が起こらず、電気も、飛行機も、ガソリンエンジンもない。全ての動力は石炭と蒸気。そう、本作は絵に描いたようなスチームパンクものだ。

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本作のビジュアルにはフレンチコミック(BD)のベテラン、ジャック・タルディが参加している。味のあるパリの風景の中に割とシンプルな人物がおさまる、BDらしい絵柄だ。アニメもこの絵柄を採用している。物語に出てくる乗り物や機械は手描きの絵を貼り込んだCGを動かし、背景も細かく描きすぎずに丸みのある線で表現する。

クラシックなパリを舞台にしたSF味のある冒険モノ。『ディリリとパリの時間旅行』と同じジャンルだ。フランスの最近のアニメ『ロング・ウェイ・ノース』も少女の冒険旅行だった。本作のヒロインは20歳くらい。彼女の冒険を偶然出会った青年とスキルの高いおじいさんが支える。お話としてはオーソドックスな枠組みだ。そこにちょっと過剰なくらいの展開が盛り込まれる。

なんといっても本作の魅力はスチームパンクな世界の作り込みだ。パリとベルリンは巨大なロープウェイで数十時間かけて結ばれる。空を飛べるのは気球や飛行船くらいだ。街はけっこう機械化されていて、その全てがもちろん蒸気機関だ。石炭が常に燃やされるこの世界では、スモッグが立ち込め空も街もどんよりとしたグレイだ。

細密に描き込んだ都市風景や、レトロフューチャーな世界、産業景観はBDに確固としてあるジャンルだ。本作もクラシックなメカデザインやダークな都市景観、視覚的な満足度は十分だ。何回か見たくなる。都市の風景は目に収まりがいい。日本のアニメの背景と違ってこれもCGでモデリングしているからだと思う。クラシックな建物も建造物もパースに狂いがないのだ。メカはさっき言ったみたいにCGで動かしているから絵柄は素朴でも動きは滑らかだ。

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もう一つ、なんといっても感じるのはミヤザキの偉大さだろう。本作は宮崎駿オマージュをストレートに見せる。まず「歩く城」に観客はひっくり返る。それに宮崎好みのずんぐりした、この世界とはちょっと違う進化を遂げた飛行機。しゃべる猫。銭形よろしく時空を越えて犯人を追ってくる警官。汚染された都市から見えないところにある清浄な人工の森林。それに主人公たちの逃走は落下の恐怖とセットになっている。

そして本作のもう一つの特徴が、世界観とキャラクターの作り込みのバランスだ。まず一見してお分かりかと思うけど、登場人物みんな美男美女じゃない。というよりなんだか投げやりなくらい力が入ってないキャラクターデザインに見える。ヒロインが美女じゃないのは明白な意図だと思う。近年の映画と同じで彼女は自分の力と知能と勇気で道を切り開いていくヒロインだ。だけど他も...

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この単純なキャラクターに作り手たちは細かい演技もさせていない。細かい日常描写が得意な日本アニメを身過ぎているせいか、動きのカリカチュアも記号的な表情もどことなく古臭く感じてしまう。きわめつけはアップだ。顔のアップは実写だったら細かい表情の演技を見せて観客にキャラクターに没入してもらうところだ。なのに本作では顔演技はおろか、アップ用の顔の絵すらなくて、画像をただ拡大したみたいな解像度が落ちたでかい顔があるだけなのだ。これはあまりにも理解に苦しむ。絵柄はタルディの人物画に合わせているんだろう。でも彼の絵を見るとBDによくある背景に溶け込んだ人物だ。アップは話が別だろう。

脚本上も、ヒロインはそれなりに絶望したり悲しんだり、再会に涙したり、恋したり怒ったり色々あって成長していくんだけど、他の登場人物も含めてあまり感情の動きや行動の動機も説明されないし、複雑な人物造形じゃない。

けっきょく、本作のキャラクターたちはこの壮大な物語を動かして、アクションを見せるという機能で忙しくて、ストーリーテリングに奉仕するだけの存在になっている気がする。その分、物語に入り込みきれない何かがあった。

■画像は予告編からの引用

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