フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊

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ストーリー:1970年代頃、フランスのとある街。カンサスの地方紙イブニング・サンのフランス支局では編集長(ビル・マーレイ)が腕のいいジャーナリストを集めて「フレンチ・ディスパッチ」誌を刊行していた。しかし編集長が急死する。遺言に従って発行される次の最終号に掲載する、3つのストーリーが語られる....

公式サイトでもストーリーらしいストーリーは書いてない。語りにくいのだ。映画全体が雑誌感を醸し出すつくりだから、内容も雑多さが売りで、同じオムニバスでも『偶然と想像』みたいな3本共通するものが色濃くあるタイプとも違う。

モデルになった雑誌「The New Yorker」は1925年創刊、雑誌が売れなくなった今でもサブスクと紙面で100万部以上購読者がいるらしい。下のサイトで表紙のイメージがわかる。記事は名作も多い。映画『カポーティ』にあったトルーマン・カポーティの代表作『冷血』もそうだ。

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本作はそこにアンダーソン監督らしい「おしゃれな海外」への憧憬がまぶされて、フランスの架空の小さな街にある編集部から、フランス流のあれやこれやのエピソードがアメリカの読者に発信されるという設定だ。カバーデザインも(本編には出てこないのに)実にいい感じで作られている

本作の3つのエピソード、3人の記者が出てきて、3つの記事が書かれるいきさつがストーリーになっている。雑多と言ったけれど、それなりに共通点はある。どれも書き手がある種の作り手に心を惹かれて記事にするストーリーだし、どれも警察組織と、対立する何かのコンフリクトがストーリーを引っ張っていく。

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1つ目の記者は批評家のベレンセン(ティルダ・スウィントン)、監獄で壁に抽象画を描くアーチスト兼凶悪犯罪者(ベニチオ・デル・トロ)と看守(レア・セドゥ)、美術商(エイドリアン・ブロディ)が登場人物。アウトサイダー的なアートが「発見」されていく感じをドタバタ混じりで見せる。

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2つ目の記者はクレメンツ(フランシス・マクドーマンド)。5月革命を思わせる学生運動のリーダー(ティモシー・シャラメ)と知り合って深い仲になり、片方に思い入れてしまった彼女は学生たちの宣言文のライティングにも手を染め、体制と学生側の抗争を中立で書けるのか、表情を変えずに悩む。

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3つ目の記者はライト(ジェフリー・ライト)。警察署長のお抱えコックの取材に行った彼は、ディナータイムに起こった署長の息子の誘拐事件に巻き込まれる。警察と犯罪組織の全面対決のなか、コックもまた闘争に巻き込まれていく。

で、感想は、クオリティの高い工芸品を見た感じだ。トータルで満足度は高い。入念に選ばれたクラシックなフランスの街。画面も、映し出されるセットもプロップも衣装もすみずみまで監督の美意識で作り込まれる。名作でお馴染みの役者たちが次々に現れて、ちょっとした芝居も楽しげに演じる。役者のチョイスも実にいい。撮影もいつものシンメトリーを基本に四方の枠からドカンとサプライズが飛び込んで来たりして、スタティックすぎる感じもない。

もう一つ例えると高級な松花堂弁当のような、色とりどりで盛りつけた、色んな味をちょっとずつ摘めるみたいな喜びだ。品数は実に多い。時間は108分で短めだ。でも3時間近い大抵の映画より情報量は多いだろう。ただし、松花堂弁当。一品でどーんと来る重量感や、複数のエピソードが太い一本の流れを語るコース料理的なものとも違う。

工芸品という例えを出したのは、隅々まで制御された映像が、どことなくスクリーンの中で行儀よく収まり、予測もしなかったような、生々しい何かとかと出会う映像とも違うからだ。監督は彼ならではの映像体験のために、手数をかけ、技巧を凝らす。でも彼は強烈なエモーションを扱うタイプじゃない。ストーリーでも、演出でも、映像としても。それは作風だから物足りないとは思わない。ただ受動性が高い映像というメディアではエモーションが強い方が容易に入ってくるのは確かだ。

監督は、一見こぎれいで可愛い作風だけれど、なにげに狭くてむずかしい道を歩んでいるんだろうと思う。『グランド・ブダペスト・ホテル』で感じたことと同じだ。3作とも作り手と警察が絡んでくるのは、創作というものへの制約(どんどん技術的には洗練され、でも時には異様に露骨でもあり)への何かの意識があるせいかもしれない。

ちなみに、アンダーソン監督とどことなく似たところがあるフランス人、ジャンピエール=ジュネが、アメリカ大陸横断を小綺麗に優しく描いた『天才スピヴェット』。そのイメージのアメリカと逆に、テキサス生まれのアンダーソンはイメージの(それも結構ベタな)フランスを描く。そこにはもちろんここで描かれたみたいなフランスはない。当たり前だけどね。まあ日本人の僕がそこを皮肉っぽくいっても始まらない。アメリカ人がフランス文化を「ええなあアレなぁ」とストレートに描くのはいくらでもある。『ミッドナイト・イン・パリ』みたいにね。