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ストーリー:1970年代前半のLA、San fernand valley。15歳のゲイリーは学校に写真撮影の助手で来た25歳のアラナに声をかけ、デートに誘う。冗談でしょ、と受け流したアラナだったが結局ゲイリーが待つバーに行ってしまった。ゲイリーは同級生たちとビジネスを始める。絶賛自分探し中のアラナもいつの間にかそれを手伝うようになり、お互いが気になりあう2人は...

1970年代前半。舞台になったLA北部は監督ポール・トーマス・アンダーソンの地元で、初期作『ブギーナイツ』の舞台でもある。あっちは本作の数年後の設定だ。前作『インヒアレント・ヴァイス』もだいたい同時代のLAだ。当ブログで言うと『あの頃ペニー・レインと』が1973年のサンディエゴが舞台。主人公も16歳で音楽雑誌の記者になってバンドのツアーに参加する早熟な少年だから、本作と近いものがある。

最近、色んな監督が自分の思い出の時代を思い出の街で撮った作品が続いていて、本作もわりとその流れで語られがちだ。『ROMA』から始まってね。ただ監督は1970年生まれだから、街の空気を意識するのはもう少しあとだろう。主人公たちも監督からすればだいぶお兄さんお姉さんだ。それでも「街がどんなだったかは自分の記憶をたどればいい」と言っている。

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物語はまあラブストーリーというべきなんだろう。25歳の女性と15歳の少年。こういう設定、ないわけじゃなかった。昔の『青い経験』的な、大人の女(例えば教師)にリードされて少年は....という元少年の性的ファンタジーそのもののプロット。なぜかイタリア、フランスに多い気がする。大人の女性視点で、その関係が破滅につながるストーリーが『あるスキャンダルの覚え書き』だ。

本作はきっちりと外してくる。まず少年は青くも純情でもないのだ。あまり売れないながらも子役俳優で妙にショービジネスずれしている彼は、自営業の母親のサポートで店を借り、子供たちだけをスタッフに当時流行りだしていたウォーターベッドを売りまくり、その後はピンボールができるゲーセンを開店する。しかも女友達には不自由していないのだ。むしろ女性が「あたし15歳の子たちとつるんでるの、どうなんだろうこれ」と自分で突っ込みながら、やりたいことも決まらず、少年と同レベルでビジネスを手伝い、彼にやきもきする。

全然純情ストーリーでもないけれど、無駄に性的ファンタジーを駆り立てることもしない。この辺のセックスへの距離感は監督のいつもの感じだ。あんまりいない感じの少年だから、むしろ生々しさが減っている気がする(実在モデルがいるのに)。映像的には、歩いたり走ったりする主人公たちを後ろから、横から追うシーンがとても多い。お互いを求める気持ちと、健康な若さを表現する、映画全体のモチーフとして使っているんだと思う。

1970年代の彼らの目に映った景色を甦らせるため、いつも通りデジタルじゃなくフィルムで撮り、カメラには古いレンズを取り付け、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の現場で余った古い照明器具を引き取って夜のシーンに使い、衣装も風景も街の記憶を再現する。古いレンズは逆光のフレアが美しかったから監督は好んで使ったみたいだ。光源が美しく映り込む映像は、監督の過去の作品、『パンチドランク・ラブ』を思い出した。

主役クーパー・ホフマンは40代で死んだフィリップ・シーモア・ホフマンの息子。子役がもっさりと大きくなってしまった感じがよく出ていて、そんな遠くない未来に父と似た体型になりそうな素質がにじみ出ている。アレナ・ハイムはバンドHaimのメンバーで3姉妹の末っ子。映画用メイクをいっさいしていないのもあって、じつに味わいある顔つきだ。監督が撮ったHaimのMV。この『Summer Girl』、曲的には『Walk on the wild side』オマージュっぽいけどすごくいい。youtu.be

1970年代のLAの記憶は、今のダイバーシティーに溢れる映画世界じゃない。当時出始めていた日本食レストランのエピソードでアメリカ人オーナーの日本人妻が出てくるくらいで、アフリカンもラティーノもアジアンも出てこない。市議に立候補する青年はゲイであることが知れると致命傷になるから必死で隠す(『MILK』の少し前の時期だ)。そんな時代をそんな時代として描く。

物語はふっと終わる。こういう作品によくあるみたいに今につなげたり、「その後彼らは...」みたいな、そう、本作がお手本にした『アメリカン・グラフィティ』的な描き方もない。あえて過去が過去だったことを思い起こさせるような、ノスタルジーを掻き立てる語り口じゃないのだ。ただその映像全体に流れる空気感で、すべてが今の出来事じゃないことを無意識に感じさせて、なんともいえない余韻を残す映画だ。

 

 

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