レ・ミゼラブル

f:id:Jiz-cranephile:20200320213136p:plain

<公式>

ストーリー:パリ郊外、モンフェルメイユ。小説『レ・ミゼラブル』の舞台になった街だ。警官ステファンはこの街の犯罪防止部隊に配属された。各国の移民が住む団地がある犯罪多発地域。パトロールの初日からトラブルが発生する。サーカス団の仔ライオンが地元の黒人少年に盗まれたのだ。激怒して刃物を振り回すサーカス団。ステファンとチームを組むクリスとグワダの3人は、犯人が盗み癖のある少年イッサだと知る....

レ・ミゼラブル』。紛らわしいよね。でもテーマに関わるし、とうぜん、あえて付けたタイトルだ。この前の『ボーダー』じゃないけど。本作でもちらっと小説のことは出てくる。1800年代のパリを舞台にした古典小説といまでもつながるテーマではあるのだ。

物語はぜんぜん別物。描いている世界はパリ郊外の移民たちの子供を描いた『パリ20区、ぼくたちのクラス』と共通。あと公式サイトで町山氏が言っているとおり、スラムの少年ギャングとそれを撮る少年を描いた『シティ・オブ・ゴッド』、LA郊外の超危険地帯の警官を描いた『エンド・オブ・ウォッチ』をすぐ思い出す。それからスパイク・リーの代表作の1つ『ドゥ・ザ・ライトシング』。物語的にはこの4つの要素で出来ているといってもいい。

 f:id:Jiz-cranephile:20200320213313p:plain

あとにあげた3作、それぞれ舞台に特色がある。『シティ』はリオデジャネイロ近くの丘陵地帯にあるファヴェーラという立体迷路みたいなスラム。『エンド』は一戸建ての住宅が密集するサウス・セントラル地区。『ドゥ』は古いアパートメントが並ぶブルックリンの一角だ。本作はそのどれとも違う、じゃあなにかというと、郊外の団地だ。

そう、本作は団地映画の系列でもあったのだ。犯罪の巣窟となった団地....『ゴモラ』があった。廃墟化した団地が不法滞在者と犯罪組織の魔窟と化した街だ。おなじイタリアの『ドッグマン』も開発に失敗して廃墟化したリゾート団地が舞台。傑作北欧ホラー『ぼくのエリ、200歳の少女』はストックホルム郊外の団地。きれいだけれど寒々としていた。それから韓国映画吠える犬は噛まない』も、監督ポン・ジュノ団地の空間を上手に使って、最新作でも描いていた、登場人物の関係と空間の上下関係の呼応を見せた。

 

本作の団地はここだ。1970年代築くらいだろうか、一見ちょっとしゃれた建物だ。でもためしに団地の名前+αで検索するとなかなかハードな画像がならぶ。数年前にも暴動があった。アフリカ系の移民、イスラム教徒のグループがいる。それに本作ではロマのサーカス団が加わる。サーカス団といっても愛嬌のある人たちじゃない。暴力的な香りをぷんぷんさせたガタイの良すぎる男たちの集団だ。

本作はそんな中にとびこんだ警官の2日間を描いたドキュメンタリックな雰囲気の作品。マリがルーツの監督自身がここの出身で、自伝的な内容だそうだ(もちろん住民側)。大量のアフリカ系の少年たちが出てくる。学校に行っているのか分からない。街の顔役(もちろんアンダーワールドの)「市長」のこともちゃんと知っている。1人のメガネ少年は少し暮らしがいいのか、ドローンを飛ばして近所の風景を空撮するのが趣味だ。

f:id:Jiz-cranephile:20200320215821p:plain

犯罪組織化した地縁とそのままつながる少年たちの姿は『シティ・オブ・ゴッド』風だし、危険地帯で奮闘する警官たちの描き方は『エンド・オブ・ウォッチ』風(車内から危険地帯を見る視線も似ている)、それに....『ドゥ・ザ・ライトシング』との類似点はあえて書かないけれど、スパイク・リー自身が本作を激賞し、アメリカでのプロモーションに協力しているそうだ。

あと、あるシーンで主人公ステファンが『正しいことをしろよ』と同僚に言うシーンがる。フランス語だから、英語の〈do the right thing〉になるのか分からなかったけれど、いっしゅのオマージュなんじゃないかという気はした。

ぜんたいに緊張感があって、警官たちが狂言回しになって観客に紹介する街の実力者たちもそれぞれにキャラクターがあるし、抗争するギャングもの的な面白さがある。警官自体も正義漢とはいえず、暴力的だし高圧的だしなにか裏取引をしている風の、悪徳警官ものでよく見るアレだ。お国柄をかんじるのは、犯罪者たちも銃は使わない。警官もけっして実銃は抜かないで、暴徒鎮圧用のゴム弾の銃を使う。

f:id:Jiz-cranephile:20200320215726p:plain

本作を際立たせているのが、舞台になっている「団地」、それにさっき書いた「ドローン」だ。団地はときどきその迷路性を発揮して、住人たちを追う警官を迷わせ、行く手を阻む。特に後半はけっこう恐ろしい。それから「ドローン」。映画の中のもうひとつの視線となるドローンは、舞台になる団地を上から見下ろす、一種超然とした視線を観客に提供する。

少年が撮っている(ことになっている)映像と物語を離れた作り手側の視線が混じりあいながら、空撮映像が入ってくるのだ。ドローンの、高度が低めで速度が遅くて動きが滑らかな空撮映像は一種独特な雰囲気をかもしだしている。そして映像はドラマにも直接関わってくるのだ。

物語はフッと終わる。いやむしろ「えっ」という感じでもある。「ここで終わるの?」....物語的なカタルシスを与えようとしていないのだ。緊張感のピークで観客を置きざりにして、問題をつきつけて画面は暗くなる。

 ■画像は予告編からの引用

jiz-cranephile.hatenablog.com