デッド・ドント・ダイ & ザ・ライダー

■デッド・ドント・ダイ

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ストーリー:大企業の開発の影響で地球の自転軸が歪み、昼夜が狂い始める。その影響は平和な田舎町にも押し寄せてきた。動物がとつぜん消えたり、死者が甦ったり。そう、ゾンビが大発生し始めたのだ。ゾンビは町の人々を喰い殺し、ゾンビに変えてしまう。たった3人で治安を守る署長(ビル・マーレイ)と警官2人(アダム・ドライバークロエ・セヴィニー)たちは....

2019年公開、ジム・ジャームッシュ監督作。『コーヒー&シガレッツ』はお気に入りだ。本作、最初に言ってしまうと、ゾンビコメディとはいっても、初見で心つかまれるエンタメじゃないし、ジャームッシュにとって、たぶん文句なしの傑作でもない。「あの監督の」「あの役者が」「あの作品を」とかコンテクスト込みで楽しむ1本だ。前作『パターソン』の方が知らない観客が出会っても入れる話だったと思う。

本作はゾンビものとしては、元祖ロメロ作品の基本設定はだいたい活かしている。日没に墓から動き出し、顔色が悪く、瞳は灰色で、動きがぎくしゃくして遅くあまり戦闘力が高くないタイプだ(例えば『アイアムアヒーロー』だとゾンビのボスはすごい運動能力だった)。

ゾンビの死人ルックも変な動きも今ではカルチャーアイコンなので、それ自体でちょっと笑えて、だからコメディとも相性がいい。本作はジャームッシュらしい抜けた感じのやりとりや「なんか変な人」的あり方、それにプラスしてダイレクトなロメロネタや、アダム・ドライバースターウォーズネタを絡ませたり、メタっぽいサービスも入れている。

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だけどなあ。トータルでは消化不良感はあった。物語や設定にけっこうな大外しを入れている割に、それが本筋と絡まずに投げ出されてしまうのだ。例えばティルダ・スウィントンを異人感たっぷりの葬儀屋兼剣の達人にして活躍させる。確かに絵にはなる。しかしそのオチはあまりに....。あと、妙なメタ描写がところどころで入る。要するに「今映画を撮っているオレたち」立場になるというね。これも生きているとはぜんぜん思えない。全編メタ構造の『カメラを止めるな!』の覚悟はない。

監督は、企業の強引な活動や物欲に取り憑かれて消費者と化した市民、そのせいで起こる環境破壊とかへの危機感が本作のメッセージにあるという。確かに、時には直接的すぎるくらいに語られる。死者になっても生前のモノへの執着をつぶやくシーンは笑える。でも鋭く刺さるようなものじゃない。だいたい小さな村で発生する大量のゾンビ、物質文明が急加速する現代より明らかに前の時代っぽいのも多いのだ(その衣装や体がなんで残ってるんだという違和感もある)。そんなこんなで、ちょっと迷作の香がしてしまったのが正直なところだった。

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もちろん魅力はある。ビル・マーレイは少々おじいちゃんすぎ(実は舘ひろしと同い年)ながら相変わらず滋味に溢れ、色んな監督が使いたがるのもよく分かる。アダム・ドライバーは少しズレた何を考えてるのか分からない青年役で、スターウォーズ的なシリアスなキャラクターよりぼくは好みだ。他の役者も含めて、ゾンビ襲来が本格化する前のオフビート部分の味わいはじゅうぶんある。家族がいっさい出てこずみんな浮遊しているような、田舎らしくない人間関係だ。

物語の舞台になる町も美しくて魅力的だ。物語上はペンシルバニア州あたりで、ロケはニューヨーク州でしている。町というより完全な田舎だ。物語の大事な舞台のダイナー(上)、モーテル(下)とも実在だ。ちなみに途中で町に遊びに来た若者3人をおじさんが「ありゃピッツバーグか?」「いやクリーブランドだな」というとこがある。ピッツバーグ拠点だったロメロのオマージュかも。

 ■写真は予告編からの引用

 


■ザ・ライダー

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ストーリー:中西部、サウスダコタ。若いロデオライダー、ブレディは落馬事故で頭蓋骨を骨折、競技ができなくなる。荒野の貧しい家に育ち、馬を手なづけ、馬に乗ることしかしてこなかったブレディは復活に向けて、調教の仕事から再開する。憧れの先輩レーンは事故の後遺症で体が麻痺したままだ。ブレディも手が上手く動かない。医師は競技を続けると深刻なダメージがあると告げる....

ノマドランド』でアカデミーを獲得したクロエ・ジャオの前の監督作品。監督の手法はこの時にもう確立されている。ストーリーはフィクションだけれど、実話ベースで限りなくドキュメンタリーに近く、しかも物語の役をモデルになった当人が演じる。本作ではプロの役者は基本的にいなくて、主演のブレディもファーストネームは本名だ。

何度も書いているように、アメリカ映画の近年のいわゆる良作枠は実話ベースが本当に多い。モデルがある程度知られていると、役者はカメレオン的に外見も似せてくる場合もある。クリスチャン・ベールなんかが代表格だ。だけど本作ではそれも捨て去って、演技は素人のはずの本人を使うのだ。クリント・イーストウッドが『15時17分、パリ行き』を同じやり方で撮っている。

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ノマドランド』では味のある周囲のノマドたちを実在のノマドが演じた。だいたいはその人の一面を見せればいいからできない話じゃない。エキストラの上級版だ。複雑な心境を表現する役は名優フランシス・マクドーマンドが担当している。でも本作は彼女と同じ、画面に出づっぱりの役をロデオライダーの本人が演じているのだ。

びっくりするのは、映画的になんの違和感もないことだ。ブレディが、ヒース・レジャーをちょっと思わせる画面映えするルックスだというのもある。本職の乗馬シーンや、暴れ馬を宥めて、心を開かせる調教のシーンなんかは本物だからこそ撮れる。麻痺した元ロデオスターの姿は完全にドキュメンタリーだ。でもそれ以外のドラマパートも全く危うさが見られない。自然に振る舞わせているといえばそうだけど、でも全て再現なんだよ。

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主演がプロの役者じゃないから仕事時間を外して撮ったら、朝や夕方のマジックアワーが多くなったという。ほんとに仕方なくかなー。いや実際、空の青と太陽光のグラデーションをバックにした馬とカウボーイのシルエットは美しい。

物語は、『レスラー』にも通じる、「自分が自分でいるための、男でいるための生き方が自分の命を削る」という苦悩。その分岐点がキャリア末期じゃなく、あまりにも早く来てしまう(ことがある)この競技の残酷さだ。とにかく、撮り方はすごく特殊な映画なんだけど、見ていると特殊さの引っ掛かりはいっさいなく、この風景とかれらの生き方がしみわたる。

■写真は予告編からの引用

 

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