枯れ葉 &カウリスマキ一気見!

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ストーリー:ヘルシンキのスーパーで働くアンサは職場でのちょっとした振る舞いが元で解雇されてしまう。建設現場で働くホラッパは仕事中も酒が離せない依存症だ。カラオケバーで出会った2人、その後ようやく再会できたのに、不幸なぐうぜんですれ違いは続く。そしてホラッパもまた仕事を失って....

アキ・カウリスマキ監督、2023年公開。久しぶりの新作だ。日本でも監督作No1ヒットらしい。こだわり店主の十割蕎麦的な作風だからヒットと言っても興行収入1億ちょっとだが、ファンならみんな見にいく。そこにはお馴染みの「あの味」があった。

カウリスマキは1957年生まれ、スパイク・リーと同年、友人のジム・ジャームッシュジャン・ピエール・ジュネ、同じ北欧出身のラース・フォン・トリアー、日本でいえば黒沢清塚本晋也とかに近い年代。ミニシアター感のあるラインナップだ。

ほぼ巨匠だけど、作風はけっしてキャッチーじゃない。今の日本でウケが悪いと思う。テーマも表現もね。まずはテーマ。カウリスマキは現代資本主義が嫌いな左派文化人だ。90年代初頭のフィンランドの不況を反映した「プロレタリアート三部作」「フィンランド(敗者)三部作」、辛い人たちの辛い物語を連打してきた。本作の主人公も過去作と時代が変わらないような質素で不安定な暮らしぶりなのだ。

とはいえドキュメンタリックに労働現場や生活環境を描くわけでもない。どこか寓話的な、すこし抽象化された描き方で、貧しい人々の暮らしの描写も端正だ。リアリズム追求派からすればなんだかぬるく見えることもあるかもしれない。特に本作はストレートなラブロマンスだしね。

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(C)2023 SPUTNIK production via IMDB

そして描き方。ミニマリストで、登場人物まわりの情報も演技もセリフも削ぎ落とす。登場人物はほとんど表情を変えず、大きな動きはないしセリフも極少で感情の説明もない。本作は分からないけれど、言い回しも現代のフィンランド人からすると古くてリズムが違うらしい。毎回モチーフのように現れるのが花束と犬、それにタバコだ。

撮影はつねにフィルム、同じフィルム派のノーランやタランティーノ、PTアンダーソン的な華やかさはなくて、あえて「一昔前の映画」を見ている気にさせるような画面だ。写す対象も、地味な古めかしい風景。実際のヘルシンキは、特に観光客が行くような中心部は映画より小綺麗で華やかだし、今風だ。その抑えた画面の中で小津のようにアクセントの赤を生かしてみたり、質素なアパートながら行き届いたインテリアを見せたりする。

時代も国柄も階層も属性も何なら個性も、表面的には固有性をできるだけ剥ぎ取って、エッセンスだけを残し、監督は時代や文化を超えた普遍な物語を伝えたいんだろう。それでも俳優のたたずまいや、飾り気のない風景や生活空間の描写で、かれらのいる世界はじゅうぶんに伝わる。フィンランドの空気感もね。

唯一、ソースのように監督の好みの色や味付けを醸し出すのが、毎作品でひびく新旧・各国のポップミュージックだ。


🔷マッチ工場の少女(1990)

<Prime Video>

プロレタリアート三部作」の1つ。監督の代表的ヒロイン、カティ・オウティネン主演。上の予告編は冒頭シーンをただ流している。マッチ工場で、丸太から材料を削り出すところから、箱詰めするまでのマシンの動きを丹念に見せる。彼の作品にはちょっと珍しい、ドキュメンタリックな映像だ。最終工程にヒロインがいる。

つまらない仕事と家庭での搾取、たまに遊びに行っても相手にされない日常、そこから脱出しようとしたヒロインを待つ悲しい結末の物語だ。ただし観客が同情してどんよりと物悲しい気分になるかは微妙だ。ヒロインもまた、なにか決定的にずれている。「一夜限り遊んで捨てた」という加害者側で登場する男がいるのだが、そこまで悪い奴に見えないし、彼女の思い込みに明らかに当惑していて、むしろ巻き込まれた気の毒な存在にも見えてくる。

ヒロインは自分を搾取する運命に耐えられなくなると、唐突に復讐に転ずる。映画はそれをドラマチックにも爽快にも描かない。東映任侠モノみたいな「ぐぬぬ・・・」→「もう勘弁ならねえ!」というタメと決意のプロセスもない。ただ淡々と小気味よいテンポで「えっ」というところに話は進んでいく。全く笑いもないのにシュールなダークコメディの味わいがある。

 


🔷コントラクト・キラー(1990)

<Prime Video>

主人公はロンドンで働くフランス移民。冒頭は同じように仕事のシーンから始まる。全く具体的じゃなく、小津映画における笠智衆のオフィス並みに何の仕事かわからない。ただ机を並べて初老の男たちが高くつまれた書類を処理しているのだ。タチの『プレイタイム』めいた、意味を剥ぎ取られた舞踏的シーンに見える。監督のオフィスワークに対する嫌悪感なんだろうか。

主人公は理不尽に解雇され、収入が途絶えて絶望し、人生を終わらすことに決める。それもうまくいかずにとうとう殺し屋組織に自分をターゲットに仕事を依頼するのだ。ところがこれまた唐突なまでに女性に恋に落ち、彼女もこの奇妙な男になんの迷いもなく心を寄せる。

本作はより分かりやすくダークコメディで、多少サスペンス味もある。物語中、元クラッシュのジョー・ストラマーがパブでライブ演奏するシーンが純粋なサービスとして入っている。ちなみにロンドン撮影のはずだが例によってあまりにも殺風景なエリアしか映されないのでどこの街かよくわからない。

 


🔷浮き雲(1996)

<Prime Video>

「敗者三部作」の1つ。ヒロインは『マッチ工場』と同じカティ・オウテネン。ヒロインの務めるレストランが大手に買収されて、シェフやドアマンと一緒に解雇されてしまう。同じ時期に夫も会社をリストラされる。2人それぞれに日銭を稼ごうとするけれど何もかもうまくいかない。それでも最終的に救いの手が現れて....という、少し希望がある話。

ラストは夫婦(と愛犬)が微笑みながら空を見上げる(その顔を見下ろしのカメラで撮る)、という昨今なかなか見かけない、古典的とすらいえる希望のシーンで締める。もちろん分かっていてこのクリシェを持ってきてるんだと思う。『浮雲』といえば成瀬巳喜男だけど、あの時代の作品を思い出すような、とんとんと出来事だけテンポよく重ねていって観客を了解させる感じの作品だ。労働者たちの連帯の映画だ。