メアリー&マックス


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ストーリー:1970年代。メアリーはメルボルンにすむ貧しい少女。たまたまみつけた名前と宛名にメアリーは手紙を出してみる。友だちがほしかったのだ。手紙がついたのはニューヨークに住む孤独な中年マックスだった。マックスも人との交流が苦手で友だちがいない。2人は文通仲間になる。泣くことができないマックスにメアリーは自分の涙を瓶に詰めて送ったりする。やがてメアリーは大きくなり、心理学をまなぶ学生になった。近所にすんでいたダミアンと結婚して、研究ではマックスを題材にした論文を発表して評判になったメアリーだったが………..

出だしがいい。16分の15という変拍子の曲にのって、メアリーが暮らすメルボルンの一角をディティールで見せる。郊外住宅地の風景だ。電柱、TVアンテナ、庭のスプリンクラー、脱ぎ捨てられたローラースケート、郵便ポスト、BBQセット、奇妙なガーデンオブジェ、風でからからまわる物干………「ふつうの人」たちが通販やDIYセンターで買った「ちょっといい感じの生活」を演出する小物が、えもいわれぬ奇妙さの本質をむき出しにする。ここだけで、作家の物の見方がはっきりとわかる。とにかくこんな風景描写から少女メアリーが住むちいさな家へとカメラはパンしていく。

オーストラリアのクレイアニメーション作家、アダム・エリオットのほぼ初長編映画だ。前作は『ハーヴィー・クランペット』という20分くらいの短編で、劇場用の長編は今回がはじめて。シンプソンズ的なギャグアニメの伝統というのか、デフォルメされたぎょろ目の男が特徴だ。出てくるひとびとは、何かの病気をもっていたり、社会の周縁にいる。『ハーヴィー』はトゥレット症候群という脳機能の障害をもった男が主人公。 うまれながらにこの病をもち、両親を火事で失って東欧からオーストラリアに移住し、いろいろあって妻をえて子供をそだてる。そんな彼の生涯を20分で描く。

『メアリー&マックス』のマックスはアスペルガー症候群。こちらの症状名は聞いたことがある人も多いだろう。言葉の比喩や、表情の意味がまったくわからなかったり、ちょっとしたことでパニックになったり…….マックスはそれだけじゃなく過食症でもあって,肥満の治癒サークルにもかよっている。対話をスムーズに続けれられないせいもあって基本的に孤独だ。とちゅうで症状が重くなって長期入院してしまう。
メアリーのお母さんはアルコール依存症で、かつ盗癖がある。となりに住んでいる車椅子のおじいさんはアゴラフォビア(広場恐怖症)で外にでられない(この映画でも使われていたね)。お父さんはふつうの男だったがメアリーが子供の時に死んでしまった。メアリーは貧乏でいじめられ、見た目にも劣等感をもち、十分に愛された記憶がないままそだつ。
こうやって書くとなんだか救いがない話みたいでしょう。ここはどうやら監督の作風で、登場人物に容赦なく不幸と試練の連打をぶちかますのだ。脇役もそうで、マックスのアパートの下にいた大道芸人は落ちてきたエアコンの下敷きになって地面にめり込むし、飼っている金魚は外に飛び出したりすぐに死んでしまい後継ぎにおきかわる。悲惨な運命とシニカルでときに悪趣味な笑いがこの映画の持ち味だ。
でもたまらなくキュートだ。陰惨なできごともコミカルな人形たちのおもしろい動きで、そんなに重くない。たんねんに作り込まれたマンハッタンとメルボルンの風景も「もの」としての魅力がある。メアリーも写真で見るよりずっとかわいい。子供時代の声優は撮影当時10代前半で、この子の声がまたかわいい。お母さんの顔もかわいくはないけれど魅力的だ。いる!こういう顔。

ー追記。おかあさんのモデルは写真家ダイアン・アーバスが撮ったこれかもしれない。
そして映画全体をつらぬくメッセージは意外なくらいシンプルだ。とちゅうで色々と行き違いがあって、いったんはメアリーと縁を切ったマックスが送ってきた手紙にあるひと言だ。
“LOVE YOURSELF FIRST”
さっき書いたみたいにマックスは自閉症で社会生活にじゃっかん不都合がある。でも監督はけっして彼を気の毒な人に描かない。彼は自分の症状を、ときには生きにくくても自分の一部として受入れる。ストレートな自己受容とだからこそできる他者の受容の物語だ。響いたよ。なんか。マックスがメアリーと1度は断絶したのは、心理学をまなんだメアリーが、マックスを「治療を必要としている患者」として論文に書いたからなのだ。
マックスの怒りにふれて、廃人のようになったメアリーのクライマックスのシーン、この曲にのせて ぼろぼろになったメアリーを見せる。歌詞との対比が強烈すぎるシーンだ。そのあとどうなるのかはもちろん書かずにおきましょう。 ラストもほとんど予想できる展開だけど、じーんとくる素敵なまとめかただ。
マックス役の声優もすばらしくいい。………..フィリップ・シーモア・ホフマン。彼だ。声色をつくって、でも不自然さがない、大柄で不器用な中年男にしっくりくる声をきかせる。かえすがえすもね…….
撮影は、1年ちょっとかけて、92分、毎秒24コマを、少しずつ人形をいじりながらすべて静止画で撮って動画につなげた。メアリーの住むメルボルンはブラウン系のどことなく埃っぽい色調。マックスがいるマンハッタンは基本モノクロで、ところどころにパートカラーで赤が入る。それはときに彼にとって心の灯火みたいなものであったりする。