ホールドオーバーズ & さらば冬のカモメ

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ストーリー:1970年冬。ボストン近郊にある全寮制男子校バートン校はクリスマス休暇を迎えていた。毎年実家に帰れない生徒の見守り役になった歴史学教師ハナム(ポール・ジアマッティ)、料理長メアリー、それに色々あって1人残ることになったアンガス。頑固で嫌われ者のハナムだったがだんだんと打ち解け始め.....

2024年公開、監督アレクサンダー・ペイン。作家的監督の作品で、時々パスティーシュ的とも言える「あの頃」を再現しようという映画がある。『8人の女たち』『リコリス・ピザ』、『X』も少しそうかもしれない。本作もその流れの1つに入れてもいいだろう。制作会社のクレジットから(ちょっとわざとらしい)フィルム傷やノイズ、オープニングから「フィルム映画風でいきますんで」と宣言してる。

お話は、じつにしみじみした、孤独な魂が触れ合う系の物語で、ある種鉄板とも言えるクリスマス舞台モノ。家族や恋人と暖かく過ごしている周りのみんなとのコントラスト、それでも自分たちに少しだけ温もりを持ち込もうとする切ない努力、その辺りでじんわりとさせてくる。

人気のない学校に残された3人は、裕福な家の若者、教養ある初老の男性、息子をベトナムで亡くした黒人女性。生徒や先生は恵まれた側に見えるけれど、それぞれに(特に1970年と思うと)肩身が狭い、彼らが思う「普通」に入れない何かを抱えている。主人公ハナムは同じジアマッティが演じた『サイドウェイ』の主人公に似ていて、今までの人生の中でこれでもかと言うくらいに運命にさんざんに打ちのめされてきた。

そんな運命の呪いもあって、女性に積極的になることもない。多分若い頃から今までずっと。そんなある種の不能性も『サイドウェイ』と似ている。思えば『ファミリー・ツリー』の主人公も、妻を失い、しかもその不倫を知る、という不能性の高いポジションにいたし(『アバウト・シュミット』も似ている)、『ネブラスカ』の老父を見守る主人公も中年かつ彼女と別れていた。ペインの主人公たちのこの不能性はいったいなんだろう。

そんなハナムが、色々と傷ついていながらも普通の若者らしくカジュアルに同年代の女の子と親しくなっているタリーを横目で見るのも味わい深い。そして社会的には一番マージナルなメアリーが最もバランスが取れていて3人の重心みたいになっている。でも一番深く傷ついているのも彼女なのだ。

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Seacia Pavao / (c) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

レビュワーの中には「こういう佳作は昔は普通にあった」という人もいる。確かに途中にちょっと意外な展開はあったけれど、大きな流れは王道かつ想像つく、という気がしないでもない。監督は『チャレンジャーズ』みたいな関係性も描き方も撮り方も新しい地平に切り込むつもりじゃないだろう。この物語自体、1970年という、それなりの過去である必要があるからだ。『リコリス・ピザ』の自分史的なアプローチとも違う。

この手のヒューマンドラマを劇場公開版で制作するのは難しくなっている、とよく言われる。そんな肩身の狭さも分かっていて、いっそそんな作品が普通にあった時代のものとして作ったんだろうか。ローファイじゃないと染み込んでこないタイプの音楽は確実にある。だから古いスタジオで、古い楽器を使った演奏を古い機材で録るみたいなね。それでも主人公は若者に「過去が君の未来を決めるわけじゃない」といって送り出すのだ。

 


🔷さらば冬のカモメ

youtu.be

ストーリー:ノーフォーク海軍基地に勤めるベテラン下士官のバダスキー(ジャック・ニコルソン)とマルホールは基地の募金40ドルを盗もうとした若年兵メドウズの護送を命じられる。ポーツマス海軍刑務所までの旅だ。40ドルで8年間の禁固刑に割り切れない思いを抱く護送の2人は....

『ホールドオーバーズ』で監督が参考に役者に見せたという作品だ。監督ハル・アシュビー、1973年公開。真冬の東海岸を3人が北に向かって旅をする。約1000km、東京から下関くらいの距離感だけど寄り道を繰り返しながら4日間くらいかけて旅をする。人生の機微を胸に秘めたおっさんたちが不安定な若者を見守りながら冬のひと時を過ごす。

『ホールドオーバーズ』の後から見るとなるほどと思うところもあって楽しい。序盤、基地の居室の撮り方やバダスキーが上官に呼び出されるシーン、スケートする若者を微笑みながら見守るシーンも、ちょっとしたオマージュぽさがある。ただし題材は海軍軍人3人、男だけの旅路だし、1970年代前半のワイルド感はいまの「緻密にチェックした上でのワイルドなシーン」の雰囲気とはだいぶ違う。

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本作のニコルソンはハナム先生(名門校)と同じように海軍という伝統的・権威的組織で生きていく人だ。でもマインドはだいぶ違って、むしろ若者を煽動してルールからはみ出そうとする、がっちりした中で自由を求める荒ぶる魂系なのだ。2年後の『カッコーの巣の上で』のニコルソンを思い出す。怪演するニコルソンばかり印象に残ってしまいがちだけど、本作の落ち着いたニュアンス豊かな姿が新鮮だった。ま、時々荒れるけどね。

話としてはささやかだ。ロードムービーでありつつ、男3人が街々でビールを飲んだりハンバーガーを食べたり女の子にギラギラしたり。途中でなぜか日蓮真宗のグループと交わったりする。細かい盗みがやめられない若者と、彼の罪に合わない重い刑に納得がいかず、なんとか思い出を作ってやりたい年長者。雪はあまりないけれど、いかにも寒そうな(海軍のピーコートだけ着ている3人は本気で寒そうだ)東海岸の景色がしんみりしていい。