シスターフッド3/3  ラストナイト・イン・ソーホー

youtu.be

<公式>

ストーリー:60’sカルチャーが大好きなエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)は念願のアートスクールに合格し、田舎町からファッションデザイナーの夢を抱いてロンドンに来た。ソーホーの古いアパートに引っ越した最初の夜、気がつくと彼女は60年代のソーホーにいた。歌手を夢見る同世代の女の子、サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)に出会う。それは夢だったのだが、段々とエロイーズの意識はサンディに同化し始める。歌手のはずが夜の商売に落とし込まれるサンディの悲痛な日々がエロイーズにも影響しはじめて.....

エドガー・ライトの最新作。シスターフッドを描いたシリーズにくくってしまったけど、本作はちょっと違うでしょう、という人もいそうだ。たしかに前2作とは違って、本作は時代をまたいだスリラーだし、超自然的なあれこれが起こるホラーだし、60年代デザインや街並みを見せる時代ものだ。そのなかで2人のヒロインがおなじ何かとたたかう...的なストーリーだ。

シスターフッドという視点で見ると、『燃える女の肖像』は女性同士の関係を少し抽象的に美しく描くことに集中して、男性をいっさい排した。『ブロークバックマウンテン』の前半を思わせる。『あのこは貴族』は男権的社会=東京に押しつぶされそうになりながら手を取り合って生きる女性を描く。主人公たちをつなぐ存在として結婚相手であり遊び友達である男性が1人いる。本作の場合はもっと加害的な存在としてロンドンのダークサイドを象徴する無数の男性がいて、ヒロイン2人は取り囲まれている。

監督エドガー・ライトはどっちかというと男同士の「幸せな関係」を描いてきた監督だし、前作の『ベイビー・ドライバー』には分かりやすいヒロインがいたけれど、主人公を受容するだけの、つごうがいい存在だった。本作では女性が主人公になり、逆にまともな男性がいなくなってしまった。

60年代のサンディーの周りには彼女を性的に搾取しようとする夜の街の住人だけがいて、現代のエロイーズの前にはいやらしいタクシー運転手や冷たい警官、怪しげな老人しかいない。唯一彼女によりそう同級生男子がいる。でも彼は「男だって悪いヤツだけじゃないんスよ」という言い訳じみた存在に見える。

さて本作はサイコスリラーでもある。ヒロインの精神が異常なのか、ほんとうに異常なことが起こっているのか、周りの人にも観客にもはっきりわからない『ローズマリーの赤ちゃん』タイプや、精神異常の妄想に近い同じポランスキーの『反発』や『テナント』。本作ではヒロインは霊視能力的なものがある設定だから、他人には見えないヤバいものが見えてしまい、恐怖にかられるヒロイン像だ。

最小限ネタバレすると、あるところからアノニマスな英国紳士風の霊が大量にあらわれる。それが何かは本編で見てほしいが、ゾンビめいた存在感だ。これ見ていると、なんとなく監督の「社会の中央にいる男性」的なるものへの嫌悪が根底にあるような気がしてしょうがない。

30代前半で撮った『ショーン・オブ・ザ・デッド』ではゾンビ化した紳士が妙な動きをしていたが、あれは有象無象の中だった。『ホットファズ』は田舎町の既得権益層の老人が実は...という物語で、日本にもある世代間格差への反発なのか、嫌悪感のようなものを感じた。そんな監督自身もいまや50前で、ポジション的にも力がある側だ。それでも女性搾取業界のお得意さんとして醜悪に描かれるのはスーツを着た銀行員風の中高年だ。粗暴で下品な階層とかじゃなくね。

霊がスクエア紳士なのはともかくとして、後半になって出現率があがり、おまけにわりと毎回音もふくめたショッキング演出なのでその部分は少々うんざりしてしまった。終盤に向けての盛り上がりは、ある種のジャンルものへのオマージュで、だから話の着地として理解しやすいけれど、もう少しスマートな締めでもいい気はした。『ベイビー・ドライバー』でもクライマックスでくどいカーチェイスと車同士の力比べみたいなシーンになってげんなりしたのを思い出した。

そうはいってもじっさいのソーホーでロケした60年代の作り込みや、サンディーと鏡像であるエロイーズの表現とか、全体に映像はすごく満足度が高い。撮影監督は『オールドボーイ』『渇き』『お嬢さん』の撮影監督、チャン・ジョンフン。たしかに3作どれもハッとするようなちょっとトリッキーなショットがある。

サンディー役アニャ・テイラー=ジョイは『クイーンズ・ギャンビット』もそうだったけれど、顔が強いので、大袈裟なメイクやヘアスタイルが逆にすごく様になる。アニメ的収まりともいえる。動きはピッタリと決まり、改めて見ると身体もしっかりしていて、過去の日本映画でいえば溝口作品の京マチ子みたいな堂々とした主役感がある。

見た人ならわかる、サンディーとエロイーズがダンスしながら入れ替わるシーンの撮影風景は下の映像の5:25から見られる。

youtu.be

ちなみにエロイーズが通うファッションスクールは名門University of Arts Londonのカレッジらしい。じっさいにソーホーのすぐ近くだ。

夜のソーホー、残念だけど行ったことがないから雰囲気はよく分からない。下に2021年に撮影した映像がある。「こんな感じなんだ・・・」という以前に、誰もマスクもせず、大量に集まって盛り上がっているのがすごいね。60年代ロンドンの物語で描かれた業種らしい女性は今の映像でも映っている。

youtu.be

 

jiz-cranephile.hatenablog.com