スカーフェイス

ストーリー:1980年、フロリダ。トニー・モンタナ(アル・パチーノ)はキューバからの移民船で入国する。母と妹はすでにアメリカで働いていた。難民キャンプに入れられた彼はすぐに永住権を手に入れる。それは警察との闇の取引だった。キューバアメリカに家族がいるキューバ人以外にも犯罪歴があるグループをまとめて送り込んでいたのだ。トニーもその1人。地元のドラッグディーラーの下で頭角をあらわしたトニーは....

1983年公開、監督はブライアン・デ・パルマ。『暗黒街の顔役(原題スカーフェイス)』をベースに、オリバー・ストーンの脚本で設定を変えたリブート作品だ。公開当時は興行成績も評価もそこそこだったらしいけれど(それなりにヒットしたし、いくつか賞も取った)、今ではギャング映画のクラシックだ。

 本作の元になった1932年の映画はマフィアのアル・カポネがモデルで、舞台は禁酒法時代だ。本作は1983年当時の現代版に置き換えた。イタリア系移民はキューバ系に、密造酒はコカインに、舞台はシカゴからマイアミになった。でも基本的なモチーフはそのままだ。トニー・カモンテはトニー・モンタナになり、ボスの女を狙うのも、妹思いも同じ。何より映画のライトモチーフになっている「The World is Yours」は旧作からそのまま引き継いでいる。

デ・パルマは本作の4年後にはカポネをモチーフにした『アンタッチャブル』を撮っている。主人公がカポネを追う行政側なのもあって、アルマーニがデザインしたスーツを思い切りスタイリッシュに着こなしている映画だ。

f:id:Jiz-cranephile:20210808130913p:plain

youtu.be

で、ここからは最近知ったけれど、本作、アメリカのヒップホップコミュニティではなんていうか、1つの聖典みたいに何度も何度も参照されて、引用されて、オマージュされる重要な映画だった。具体例はちょっと検索すればいくつも出てくる。90年代からヒップホップが好きな人だったら何を今さらだろう。1つだけ上げておくとNasのThe World is Yoursは上でも書いた映画の重要なシンボルをそのまま使っている。

youtu.be

言われてみれば、わりと最底辺からドラッグビジネスで金持ちになり、抗争でのしあがり、金ピカの豪邸にジャグジーバスをセットして、古い友達もみんないいスーツを着てのし歩く...的なある種のヒップホップのステレオタイプによく似てるみたいに見える。

でもそれだけじゃないだろう。例えば『ゴッドファーザー』はギャングものでありつつ、同時に貴族の世界だ。ドン・コルレオーネは(若い頃の貧しい姿は2で出てくるが)すでに優雅な大立者になっていて、その跡を継ぐ息子たちの群像劇になっている。時代設定もあって、スーツを着こなすスタイルも殺し方や脅かし方もスタイリッシュだ。

本作の主人公モンタナは特別な人間として描かれない。金も家柄もない移民だ。もちろん成り上がるだけの度胸も腕も機転もある。とはいえそこまで剛腕じゃないし特別切れる方でもない。おまけに服装はやぼったく、汗臭く、話し方も野蛮だし、リッチになってもスタイルを持っていないから悪趣味な金ピカ御殿を建てるしかない。ナンパ男の相棒と比べると女性へのアプローチも粗暴でぎごちなく、ボスの愛人にも見下される。

f:id:Jiz-cranephile:20210808130836p:plain

しかも売り物のコカインにいつの間にかどっぷりハマり、そのせいかどんどん衝動的になって自己破壊的になっていく。徐々に観客もうんざりして破滅の予感が高まってくる。で、一方では妹を溺愛して守ったり、二枚舌を使わなかったり、妙な筋は通っていてどこかシンパシーは保たれる存在だ。日本で言えば、まさに実録物『仁義なき戦い』の主人公たちみたいだ。

憧れの存在である理想の任侠、高倉健と比べて、しがらみに振り回されて底辺でもがく菅原文太の方が観客は自分を重ねやすい、そんな近さがあるのかもしれない。アル・パチーノは『ゴッドファーザー』ではぼんぼんが冷酷なボスに成長していく姿を端正に演じていた。本作ではほとんど出ずっぱりでこの粗野で一本気な男を演じている。

f:id:Jiz-cranephile:20210808130949p:plain

「The World is Yours」はトニーがたまたま見かける旅行会社の広告のコピーだ。「世界中どこでもお好きなように」くらいの意味だろう。でも成り上がっていくトニーには文字通り「オレたちが世界をゲットしてやるぜ」と見える。クライマックスはそんなトニーの作り上げた世界でのド派手な銃撃戦だ。トニーは銃弾で破壊されていく世界の中で、愛用のベレッタじゃなく、気持ちいいまでにグレネードランチャーとマシンガンを撃ち続ける。

ところで本作でトニーが一目惚れするのがボスの愛人エルヴィラ(ミシェル・ファイファー)、ここは旧作通り。ただエルヴィラの造形はすぐに10年後の名作を思い出した。そう、『パルプ・フィクション』だ。ウマ・サーマンのボスの愛人とすごく重なる気がする。当時気が付きもしなかったけれど、これもタランティーノのオマージュの1つだったのかもしれない。

■写真はBlue-ray版予告編からの引用

 

jiz-cranephile.hatenablog.com