あの夜、マイアミで

 

ストーリー:1964年2月、マイアミ。天才ボクサー、カシアス・クレイはヘビー級タイトルマッチに勝ち、22歳でチャンピオンになる。試合を見に来ていた活動家マルコムXNFLスターのジム・ブラウン、シンガーのサム・クックが祝勝会を開く。クレイはマルコムの影響でイスラム教に改宗することを決めていた。祝勝会はモーテルの1室で酒もご馳走もない、対話だけの会だった。4人の話はだんだんとシリアスな雰囲気になっていく.....

本作もアカデミー賞、脚色賞や歌曲賞ノミネートだ。Amazon配信。メッセージというか立ち位置は『シカゴ7裁判』と同様はっきりしている。監督は『ビール・ストリートの恋人たち』でヒロインの母親役ですごい存在感を発揮していた女優、レジーナ・キング。初監督だ。ある一夜、モーテルの一室、時間も空間もぎゅっと凝縮し、対話の中で空気が変わっていくこの物語は、やっぱりというか舞台劇の映画化だ。

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本作は明確にフィクションだ。有名人である4人はじっさい友人らしいし、クレイがマルコムに心酔して改宗する(で将来のモハメド・アリになる)のは事実だけど、全員そろってじっくり語り合った事実はない。 マルコムXサム・クックを「白人にあわせて芸能活動してる」と非難する口論のシーンは脚本家のアイディアだ。

登場人物それぞれがなんとも苦い目にあうところから物語ははじまる。1964年の夏に人種差別を禁じる公民権法が制定される。物語はその前夜だ。キング牧師の有名な”I have a dream"スピーチは1963年。スーパースターといえども白人社会から見れば差別は当たり前のふるまいだったのだ。

本作はある意味、マルコムのイメージを少し変える映画でもあるような気がする。本国で彼がどんな存在なのか、正直僕にはよく分かっていないけれど、キング牧師とは違うだろう。人権活動家でありつつ過激な思想家、アジテーターだ。

本作での彼は、妻と娘に優しい家庭人で、生真面目で仲間たちにからかわれる存在で、友人クレイの勝利を笑顔で祝福するにこやかな人だ。でも、サムやジムを、もっと黒人社会のために活動しないのか、そうするべきだと非難して、スターたちをうんざりした顔にさせる。そんな、自分の思想に忠実な、真面目な頑固者、というキャラクターになっている。

モーテルの1室は割ときれいなセットで、落ち着いたカラーリングで撮られているから、あまり貧乏くさく見えない。でもスーパースターが祝勝会をするような場所じゃない。マルコムが泊まっている部屋だから仕方ないのだ。「黒人客が多いから安全なんだ」と彼はいう。団体のスタッフを護衛で立たせ、外ではFBI捜査官がこちらを監視している。そんな彼の恐怖も度々思い出させるような語りだ。じっさいマルコムはこの翌年に暗殺される。

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彼を演じるキングスレー・ベン=アディルはマルコムに似せていつつ、もう少し細身で、どことなくオバマ的な雰囲気もある。そんなイメージも少し頭にあってのキャスティングかもしれない。ちなみにクレイ役のイーライ・ゴリーは顔はどことなく似ているけれど、マッチョ過ぎて少しイメージ違った。クレイ=モハメド・アリはマッチョというよりしなやかな体つきで、スピードが武器だしね。

本作の元になった演劇はこの雰囲気。 1室だけを舞台にしてるタイプかもしれない。1室を舞台にした演劇の映画化といえばポランスキーの名作『おとなのけんか』がある。プロローグとエピローグ以外、高級アパートの1フロアの中だけ、4人の対話がどんどん転換していく超ミニマルな映画だ。本作はもう少し広げて、4人が集まるまでのそれぞれのシーンに時間をとっている。試合のアリーナやライブ会場のシーンも入るから、すごくミニマルという感じでもない。

という本作。BLM運動に直結するようなストレートな作品で、なんというんだろう、見ていて後ろめたさというか、「見たけど〈おべんきょう〉しただけだよなあ自分は」という感慨は正直ある。まぁそこ言ったらしょうがないか。もちろん知ることに意味はある。

■写真は予告編からの引用

 

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