私をくいとめて

<公式>

ストーリー:黒田みつ子(のん)は31歳の会社員。1人暮らし、休日は1人で街歩き。温泉も焼肉も1人が一番、お1人様ライフを満喫する。最近、取引先の若手社員多田(林遣都)が家に遊びに来るようになった。恋に発展するのかしないのか・・・ローマに住む大学時代の友だち、皐月(橋本愛)の招待でみつ子は初の1人海外旅行に。1人の日々や旅の途中、耳元にささやきかけてアドバイスをくれるのは、脳内に住む相談役「A」だった...

原作:綿矢りさ、監督:大久明子。前作『勝手にふるえてろ』と同じ。主演で話題性を掴むのも、ヒロインの脳内世界とリアルを区別せずに描くところも、前作と似ている。主演ののん、一回は能年玲奈と本名を書きたい。『あまちゃん』ブレイクの後、声の出演も入れれば映画は7作目だ。自分の監督作や、コロナを反映した自宅撮影みたいな小品もあるし、話題になったのは『この世界の片隅で』と本作くらいだろう。

同年代ではトップクラスの知名度があって、作品より現実の彼女をみんなが見てきた(理由はいうまでもなく)。多くの人はたぶんどっちかといえば彼女を応援している。本作もそのパブリックイメージを最大限利用している。橋本愛をキャスティングするのも、演出上の狙いより物語の外で起こるエモーションを狙っている部分が大きいだろう。それと、当然だけど全体に画面映えするようにチューンしている。

f:id:Jiz-cranephile:20210503115230p:plain

原作のヒロインは33歳近くで、もう少し落ち着いてもっさりしたキャラだ。名前からしてそうだ。みつ子。友達の皐月は純日本人的な顔で短髪、と書かれている。恋のお相手多田も、原作だと大柄で無骨なタイプだ。みつ子は雰囲気でいうと黒木華とか蒼井優とかがくすんで見せた感じじゃないか。

映画ではのんの実年齢に寄せて31歳設定にして、多田は「イケメンを生かしきれてない男」風になった。みつ子は会社でお局化しかかっていたり、多田に年上として接したりするけれど、年相応のどっしり感はない。やっぱりイノセントさ、言い換えれば幼さが彼女の持ち味なのだ。

特にセリフ回し。監督は脳内会話とリアルの会話をほぼ同じトーンで見せる。Aとみつ子の会話は一度対面で録音して、撮影の時はAの声をスタジオで流してみつ子が返していたそうだ。だから脳内会話でも彼女は口を動かして普通に喋っている。それだけ本人にとっては現実味がある対話だからだ。みつ子は外面は世間に合わせているけれど、内面がけっこう煮えたぎっている。のんの喋りもそこはけっこう強いトーンになる。意識して見てないと、白昼堂々大声でえぐいこと喋ってるけど大丈夫かこのひと、となりかねなくて、時々居心地が悪かった。

他人とのリアルの会話も、会社での世間話はどこかセリフっぽいし、多田とのやりとりは少年少女的なぎごちなさだ。飛行機恐怖症の彼女がローマ行きのフライトで揺れるとパニックになるシーンなど、「いくつだお前は!!」感はある。まあ原作がながながと描写してるとこなんだけど。

f:id:Jiz-cranephile:20210503115325p:plain

本作はイマジナリーフレンドがテーマ。普通は子供特有で成長すると消えてしまうそれが(『インサイド・ヘッド』での別れ...)、成人したみつ子に現れて寄り添ってくれる。多くのイマジナリーフレンドは本人も架空だと分かっていて、暴走することもあまりないらしい。本作もまさにそう。みつ子はAに依存しているけれど距離感も付き合い方もそこそこ分かっている。だから外面は社会的なペルソナを維持できる。

原作で描かれているのは、多少孤独だけど豊かな内面世界でそれを補って、破綻しない生き方ができている大人の姿で、「いいじゃないの、そういうのだって」という声が聞こえてくる。のんが主演になったことでそのバランスは少し切羽つまった感じになり、未成熟な女性の物語になった。みつ子はセクシャルな関係にも拒否感、あるいは恐れがある。のんの一貫してセクシーな面を見せないキャリアもあって、観客はよけいにだぶらせて見るだろう。

f:id:Jiz-cranephile:20210503115146p:plain

本作は撮影監督も女性だ。だからというつもりもないけれど、のんの映し方は、彼女の表情をある意味生々しく、でもとても魅力的に拾っていて、感情の起伏を表情で見せ切っている。豊かな表情が本作の魅力のけっこう大きな部分だ。ていうかのんさんやっぱり美しいのだ。

本作は撮影中にコロナ禍でイタリアロケが中止になった。ローマのシーンは和歌山のここ撮影みたいで、大都市というより地方の旧市街風だ。イタリア現地スタッフが撮った映像を挟んでいる。明らかに映像のトーンが違って違和感が隠せない。大変だったんだろうなと思う。あと、みち子と皐月がそれぞれの想いを吐き出すエモーショナルなシーンで、なぜか小津風にそれぞれのアップを完全に切り替えて(最後の方で2人同時に映った)狙いなのか何かの事情なのか不思議だった。

これから30歳をすぎて、イノセントなのんはどうなっていくんだろう。

 ■写真は予告編からの引用


jiz-cranephile.hatenablog.com