ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん

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<公式>

ストーリー:19世紀のロシア、14歳の少女サーシャは名家の娘。1年前に北極探検の航海にでたまま消息不明の祖父オルキンのことをいつも思っている。社交界デビューのパーティーの席上で来賓の王子に「もう一度捜索隊を…」と頼むサーシャだったけれど、この探検をよく思っていなかった王子の機嫌をそこね、父にも叱責される。あきらめきれないサーシャは、ある朝1人で汽車に乗る。北の港町へ行き、北極海行きの船に乗せてもらうのだ....

フランス、デンマークの合作。2015年の製作だ。公開はとてもささやかな規模で、ぼくは逗子の小さな映画館で見た。で、結論からいうととても気に入った。いや感動したといってもいいくらいだ。たぶん物語にというより表現に。

画像や予告編を見てもらうとわかるように、今風のギミック満載の画面じゃない。船の動きや吹雪の表現など、わかりやすくCGを使っているところもあるけれど、画面はほぼすべてPhotoshopぽい色面の塗り分けだけで、人物のうごきもとてもシンプルだ。人物のデザインはあえて昔の児童向けアニメ風(これとか)で、『ソングオブザシー』ともよく似た方向性だ。

ストーリーもとてもシンプル。冒険と、失ったものの発見と、主人公の試練と成長と。絵に描いたようなジュブナイルの定型だ。主人公は、自宅に王子が招かれるくらいの名家の1人娘。とうぜんお嬢さんなんだけど、意志が強く、根性があって、頭もいい、冒険ものの主人公になるために生まれてきたみたいな娘さん。ナウシカ感もあるし、そうでなくても古今の少年少女冒険譚のヒロイン像だ。

冒険のながれだって小難しい理屈はない。ストーリー的にもちろん困難はあるけれど、トムトム拍子に進行していくから停滞感はない。自宅から迷いなく北極航路が出る港町に直行、探索航海の船を1隻まるごといわばチャーターし、船は着実に北極点へと前進する。こういうところ、少年少女冒険ものらしい流れで、間に彼女がたくましく成長するエピソードもちゃんと挟んである。

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ちなみに冒険のスケールはなかなかのものだ。サーシャが住むサンクトペテルブルクから港町(アルハンゲリスクというらしい)までは今でも列車で2日はかかる。アルハンゲリスクは北緯64度、札幌やサハリンどころかヘルシンキより北にある街だけど、そこから北極点までは直線で行っても4000kmくらいはある。エンジン付きの帆船で、最速でも時速10km台がせいぜいだろう。まして流氷を割ったり氷山をよけながらいくのだ。余裕で半年くらいはかかるはずだ(ちなみに当時最速の帆船はイギリスとオーストラリア間20000kmを60〜70日くらいでむすび、最高速度は40km/h近く出た)。

 

本作のモチーフ、北極探検。もともと文明圏から近い北極は南極探検より早く、19世紀になると各国が本格的に探検隊を組織していどんだ。ここにすばらしい年表がある。1840年代にはイギリスの艦隊がカナダ北方で遭難する事件も起こっている。

映画の後半はそんな北極海の航海シーンだ。船と海と凍てつく空と氷と。こんな世界だ。作り手は色面の塗り分けで表現していく。フランス圏のコミックや絵本特有の微細な色の使い分け、時間帯や天候に合わせた画面の色調の切り替え(海だからブルー系、とかいう話じゃないのだ)。単純で子供向けアニメっぽくも見えた絵が、壮大な風景を相手にすると、急に大人びた、リアルな、しかも映画館の大きくて水平に広い画面に十分に耐えるものになってくる。

風景の描き方には北方ヨーロッパ絵画の伝統をすごく感じた。ぼくは美術史は素人だけれど、ドイツの画家フリードリヒロマン主義絵画を思い出す。よく使われる言葉で「崇高=サブライム」というのがある。人智を超えた壮大で強烈な自然のもつ美、みたいな、それまでのヨーロッパでは美しいとされてこなかった概念だ。本作の北極海、人をよせつけない、圧倒的な力で人間の作った船なんか潰してしまうような自然だ。

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いまのメジャーなアニメ大作だったら、実写ばりの高精細で複雑な画面で自然を表現するだろう。風も吹雪も波もおそろしい解像度で画面に落とし込める。おなじフランスのアニメ作家ミシェル・オスロ(『ディリリとパリの…』)は風景を装飾絵画的に描いたり、最新作では写真加工をそのまま背景にしてしまった。本作ではそれをエッセンスだけ取り出したシンプルな絵と、動きのリアルさをCGで担当させて表現しきっている。絵の力、っていうことなんですよ、きっと。

■画像は予告編からの引用