TENET テネット

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 <公式>

ストーリー:特殊部隊の隊員だった主人公(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は死を目前にして救出され、あたらしい任務を告げられる。「未来から来た〈時間の逆行〉の技術をもつ敵と戦い、第三次世界大戦の勃発をふせぐのだ」。いやに大きい任務だけれど、主人公はおしゃれスパイよろしく軍服からスーツに着替えて、相棒ニール(ロバート・パティンソン)とインドはムンバイへ、そこからロンドン、そしてオスロアマルフィへと世界を飛び回る。追うのは世界の命運を握る〈アルゴリズム〉…

ストーリーだけ見るとやや中2感が漂わないでもない。実際問題、そうである。「隠された9つの秘宝(アルゴリズム)が敵の手に渡ると世界が…!」そのアルゴリズムは金属製の中途半端な大きさのネジめいた物体だ。敵や主人公たちが奪い合い、かかえて駆け回るのにじつにちょうどいい大きさと重さ感だ。主人公たちは一見2人で行動しているけれど、裏には軍隊レベルの巨大組織がいて、バックアップは万全、どらえもんなみに必要なサポートは何でも出てくる。

…というような突っ込みはもちろんノーラン作品では野暮だ。ノーラン作品はたとえば『インセプション』だってじつはわりと冒険活劇的プロットだし、複雑な人間ドラマが苦手、というのもいつも言われていること。〈テネット=難解〉的な打ち出しがそこらじゅうであるけれど、それは「おこっていることが整理しづらい」という難解さで、ストーリーやメッセージのことじゃない。本作は質の高い世界各地の映像とアクションで満腹になる、正統派の娯楽映画だ。

 ノーラン作品のあじわいは、そんなわりと単純なドラマを描くのに、ありえないくらい構築的なアプローチをしてくる、というところだと思う。ぼくはノーラン作品のなかだと、初期作品の『メメント』が最初に思い浮かぶ。今とちがって画面はあまり魅力がないし、主人公もいまいち感情移入できないけれど、とにかく物語の構造と特殊なシーン構成ががっちりとかみ合って、1つのデザイン(設計)として完成度が高いし、シンプルなお話のぶん、作り手のコンセプトがすごく明確だ。

メメント』はまさに時間の逆行がコンセプトで、ストーリー上はふつうに進行するけれど、観客には逆行を体験させる。『ダンケルク』も話はシンプル、3つの長さの違う時間軸を同時に並走させて観客に体験させる、という構成だった。

本作は物語自体が時間の逆行をあつかっているから、時間軸の行ったり来たりはドラマと直結することになる。そしてもちろん逆行を映像化した「逆回し映像と通常の映像のミックス」といういままでにない視覚体験がはいる。物語のある意味コンセプトを象徴するのが、ポンペイで発掘されたというこれだ。

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おそらく、脚本を組んでいくところで、制作チームのなかでは、フローチャートがなんども更新されながら共有されたにちがいない。横軸がタイムライン、縦軸は舞台になるそれぞれの場所だ。さらに複雑なアクションシーンでは、その部分だけ別出しにしてより細かいチャートが組まれる…いやだって、こうやって矛盾を潰していかないと、脚本の文章だけじゃ絶対混乱しますって。

制作ノートでそれを公開してほしい。さぞかし複雑なチャートになっていたに違いない。ださいMicrosoft系のアイテムでチャートが組まれていないことを祈るばかりだ。でも冗談じゃなく、ノーランは毎作品でチャートで構成を考えているんじゃないか?って考えたくなるくらい、構築的な語り口に精力をそそぎこんでいる気がする。もちろんそれと、CGやVFXを最小限にした実写フィルムのスペクタクルシーンの実現とね。

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その努力のおかげで映像はすべて満足度が高い。撮影のあれこれは公式にも書いてある。ぼくのお気に入りはロシア系富豪(本作の敵役)セイター(ケネス・ブラナー)が主人公を招待して乗せるヨットレースだ。ふつうにイメージするヨットとは別世界の乗り物だ。F50という、セイルの効率と水の抵抗抑制を極限まで追求して、時速90km弱まで出る超高速艇だ。このシーン自体ものすごく格好いい。

中盤の目玉シーン、順行と逆行が入り乱れるカーチェイスも新鮮だ。ちなみにこのシーン、大予算映画にしては使ってる車がふつうなところが味わい深い。主人公チームはBMW5シリーズ、ギャングはメルセデスSクラス、AudiQ7、あとはマツダヒュンダイオペルといった一般車グレード。なかでも逆行してひっくり返り燃え上がる重要な役の車はSAAB9-5なのだ。これ、生産は2011年まで。

物語的にSAABである意味はまったくなく、往年の『西部警察』とかで、爆走したりひっくり返るのが常に10年落ちくらいのセドリックとかローレルだったのをほうふつとさせる。ぜんぜんいいんだけど、007だとここにお金をかけて、アストンマーチンとかメルセデスでも特別グレードを走らせがちなところだ。

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役者はそれぞれいい。主演の2人はもちろん、ヒロイン、敵役の妻キャット(エリザベス・デビッキ)は、『コードネームUNCLE』にも出ていたけど、身長190cmでたたずまいがすでに凡人じゃなく映画的だ。ケネス・ブラナーは粗暴なロシア人役にしては少し教養人の雰囲気が見えてしまう感はあった。

とにかく2020年、大作が続々撤退(公開延期・配信限定)してしまう中で、頑としてこの娯楽大作の公開に持ち込んだ制作者には、やっぱりありがとうといいたい。

  ■写真は予告編からの引用

■ロケ地

オペラハウス(実物は廃墟っぽい)

 カーチェイスのハイウェイ

洋上風力発電所

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