Mank / マンク

ストーリー:1940年代、アメリカ。ハーマン・J・マンキーウィッツ、通称 ‘マンク’ は新進気鋭の監督オーソン・ウェルズの新作の脚本を書くため田舎の一軒家に缶詰めになっていた。メディア王ハーストをモデルにした、トラブルの種になりそうな物語だ。1930年代のハリウッドで、メジャースタジオに所属し、扱いにくい性格ながらも脚本家として働いてきたマンクは、いかにしてそれを書くことになったのか....

ぼくは「今の現役監督で〈巨匠〉になるのは誰だろう」とぼんやり妄想するのが割と好きだ。そもそも巨匠の定義が曖昧だから妄想くらいがちょうどいい。歴史に残る代表作があって、作家性があって、映画史の話に死後も名前が出てくるような人。ポランスキーやスコセッシ、スピルバーグたちはもう枠に入ってるとして、クローネンバーグ、タランティーノコーエン兄弟、下の世代だとノーランやポン・ジュノポール・トーマス・アンダーソンも候補に入れたい。で、作品数は少ないけれど、デヴィッド・フィンチャーも巨匠候補だ。

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本作はそのフィンチャーが監督、ウェルズの古典的名作『市民ケーン』を題材にしたドラマだ。アメリカ映画近年の「良作」枠に多い実話ベースの物語でもあるし、過去の映像スタイルのパスティーシュ(例えばこれ)的作品でもある。『市民ケーン』制作の背景を『市民ケーン』を思わせる構成や映像で描くという、人によってはすごくとっつきにくいだろう映画だ。だからメジャー制作会社では作れず、Netflix制作・配給ではじめて実現したんだろう。

配信メインの公開になって何度も見返せるのはいい点だ。めくるめく映像体験モノとか気軽な快楽を得られるエンタメとかじゃなく、噛み締める系の作品だし。ただし作品の魅力が相当部分映像の美しさにあるから、本来なら劇場、配信でもできるだけ高解像度の大画面で、いい音響で見ないとつまらない。

予告編でわかる通り、昔風の画面にして、フィルム風の傷やマークやテロップをわざわざ入れ、画面はモノクロームだ。その階調が素晴らしい。シーンはしばしば逆光で撮られている。窓や奥の部屋からの光が正面から差し込む室内シーンが多いし、撮影現場のシーンではわざわざこちらに向いているライトを入れたりする。たぶんものすごく繊細なライティングをしているんだろう。クラシックなモノクロ時代の名作みたいに、暗い部分の微妙な濃淡がなんとも美しい。暗い室内シーンと窓の外で遊ぶ子供を同時に見せるような、『市民ケーン』オマージュの一つだろう。

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冒頭は、主人公が執筆用の一軒家に連れてこられる黒い車列のシーンだ。ぼくは最初手近なモニターで見始めたけれど、冒頭で「これは...!」と急に姿勢をただして大画面をセットして最初から見直した。別にカーアクションでもない、このシーンに魅力を感じられるひとは間違いなく本作を楽しめる。ていうかまあ、本作を見るひとはフィンチャーがそれなりに好きだから心配いらないか。

映像だけじゃなく、音響も、そして芝居も昔の映画風だ。特にマンクのセリフ回しは聞いているとちょっと違和感がある。いま自然に聴こえるイントネーションじゃなく、トーン高めで語尾を下げる口調だ。黒沢清が『スパイの妻』でやっていたことをさらに徹底した感じだ。うごきも多少そんなところがあるだろう。

フィンチャーの最近作らしく『ゴーン・ガール』で「まるで高級サルーンにのって高速をクルージングしているみたいな映画」と形容したような、映像の上質感は揺るぎない。ただ、テイク数が異常に多いことで有名なフィンチャー作品、本作も例外じゃないから、さりげないシーンも、100回撮り直して作り込んだ映像の集積か....なんて考え出すとだんだん息苦しくなってくる。その辺りはいったん忘れて没入したい。

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物語は、わりと正面から「映画を作ること」の矜持ときびしさを描いている。この時代から映画会社はもちろん経営が第一だし、資本家である経営者は保守政党を応援していて、メディア王とも繋がっていて、時には政治的意図をもった映像を流す。マンクはアルコール依存症の皮肉屋で、やる気を失い一度はノンクレジットの脚本執筆に合意したけれど、映画という表現への思いは持ち続けているのだ。モデルにされたハーストの圧力で、作品も監督ウェルズも以後不遇になった『市民ケーン』の歴史を前提にした物語だ。実在事件の知識が前提の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』とそこは同じだ。

主人公マンク役のゲーリー・オールドマンは、上で書いたみたいな複雑なキャラクターで偏屈な老人風にも見える。マンクは執筆時点で40代、60代のオールドマンは実像より老けていて、弟や若い女優が演じる腐れ縁の妻とのバランスがやや奇妙だ。あえて特殊メイクは避けて、たたずまいや演技力を優先したんだろう。ワイルドさと繊細さとおっさん的哀愁が絶妙にブレンドされ、シュッとした役者でははまらない。ヒロインは、ハーストの愛人で実力不相応に推される女優、マリオン(アマンダ・サイフリッド)。誇りを持ちづらい立場だけど、主体性がある魅力的なキャラクターになっている。

■写真は予告編からの引用 


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