ピアノマンと派手な衣装と(その1 ロケットマン)

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ストーリー:ジーは軍人の家に生まれた。夫婦の仲は冷たく、父も母もじぶんを愛していない、そんな家のぱっとしない子供だ。でもピアノの才能はあった。バンド活動をしていた青年レジータロン・エガートン)は若い作詞家バーニー(ジェイミー・ベル)と出会い曲づくりを始める。曲が、ライブが認められ、アメリカで火が付き、レジーエルトン・ジョンはスターになっていく。けれど愛への渇きは満たされることはなかった…

 本作と、少し前に公開された『ボヘミアン・ラプソディ』、制作の時間とかを考えるとぐうぜんなのかもしれないけれど、面白いくらいに公開タイミングも、企画としても近く、どうしたって較べざるをえない2作だ。中身もかさなる部分があまりにも多い。

エルトン・ジョン。ほぼ同時代のクイーンと較べると、日本国内ではクイーンの方が売上げはいいだろう。いわゆる〈洋楽〉アーチストの中ではたぶんいまでも知名度最上位クラスだ。ぎゃくにエルトンのビッグネームぶりがいまひとつ実感されない感もある。でも世界的にはエルトンのレコード・CDの総売上は2.5億枚以上。トップオブトップだ。

あんまり詳しくないし…と言い訳込みで、すごく独断+偏見で書いてしまうと、クイーンの曲(名曲ランキングの例)はコンセプトがはっきりしてるのが多くて、輪郭が分かりやすいところがある。『Bohemian Rhapsody』ならロックオペラ、『Crazy Things Called Love』なら古いロックンロールの再現、『We Will Rock You』はドンドンタッからはじまるアンセム的な感じ、『We are the Champion』のドラマチックなバラード感。チャイコフスキー的というか、てらいのない盛上げも分かりやすい。

エルトン・ジョンの場合は(名曲ランキングの例)、エルトンが作曲し、ピアノを弾いて歌う。作詩は、特にキャリア前半はずっとパートナーだったバーニー・トーピン。ステージや衣装はキャンプなノリそのもののキッチュかつド派手(かつ笑いのセンス込み)な彼だけど、曲調は叙情的だしすごくスタンダードだ。あまり過剰さが盛込まれていない。『Your Song』『Rocket Man』…クラシックピアノから音楽をはじめたエルトンは、名曲として染み入るタイプのシンガーなのかもしれない。

しょうしょう強引にこじつけると映画もそんな違いがある。『ボヘミアン』は見た人はごぞんじの通り、ものすごく分かりやすい。フレディーの出自から始めて、バンド結成、成功、苦しみの時、別離…を経て壮大なクライマックスのライブシーンへ。途中の語り口は型にはまって感じられないでもないけれど、ラストのカタルシスはたしかだ。バンドメンバーのなり切り演技もきっちりとはまって見られる。歌うシーンの曲はオリジナル(ほぼ)をかぶせるからファンも違和感を感じない。

いっぽう本作は作り自体は少々トリッキーだ。40〜50代のエルトンが依存症セラピーにくる、象徴的なシーンからはじまる。ステージ衣装であらわれるから、リアルなシーンじゃない。かれが回想する体で生い立ちから語っていく。そして歌うシーンはときにミュージカル調になり、幻想的にもなり、すべてタロンが歌う。

ストーリー自体はわりあい淡々として、こまかいエピソードをつないでいく。愛を求めつづけて苦しむセレブの姿だ。ラストも静かだ。エルトン役のタロン・エガートンはそんなに似せていない。背が低く小太りの本人とくらべて、体をゆるめたといってもタロンはマッチョだ。歌も、プロデューサーでもあるエルトン本人に「似せようと思うな」といわれたそうで、本人なりの歌い方。

結局、映画の興行収入では、『ボヘミアン』が全世界で約9億ドル、本作は2億ドル弱と、わりとはっきり差がついている。でもぼくにとっては本作の語り口は面白かった。エルトン自身の、皮肉まじりの、奇妙さを嫌わない、ユーモラスな感じが映画にも出ている。

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エルトンとフレディー、2人ともセクシャリティの描写はどうしてもついてまわる。ゲイの非合法化は終了していても社会的にはまだまだリスキーだっただろう時代に、1人は見え見えでも公表せずに生抜き、もう1人は早くからオープンにして、その後はLGBTQを公に支援し続けている。本作では、若い時から同性への愛情を表現するシーンも、愛人たちとの戯れも十分に描く。制作に本人が深く関わっているのもおおきいだろう。『ボヘミアン』はクイーンのメンバーは関わっていても本人じゃない。

それに、作詞家バーニーとの長いパートナーシップは、エルトンの思いとそれに応えられないバーニーの関係とどうしても切り離せないし、ストーリーの1つの核なのだ。このあたりは当事者の人たちの感想や批評でずっと深くリアルなのがいくらでもある。

本作がちょっと物足りないとすれば、音楽の作り手としてのエルトンの描写がすこし薄いところだ。もちろん初期の代表曲『Your Song』ができるシーンはていねいに、印象的に描いている。はじめてのアメリカライブの緊張と成功のシーンもちゃんと描く。ただその後はプライベートの悩みが中心で、音楽はおなじみの曲とライブシーンの再現だけになってしまう。

あのコミカルともいえる衣装と派手派手のパフォーマンス。アメリカのエンターティナー、リベラーチェに影響を受けたといわれるアレ、なぜこうなっていったのかもちょっと見たかった。

■写真は予告編からの引用

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