怪しい彼女/あやしい彼女

『怪しい彼女』。2014年公開の韓国映画だ。『あやしい彼女』。2016年公開の日本版リメイク。オリジナルはシム・ウンギョン主演、『Sunny 永遠の仲間たち』、最近だと日本映画『新聞記者』で日本アカデミーの主演女優賞を獲得した。日本版は多部未華子がヒロイン役。

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<オリジナル予告編><日本版予告編>

ストーリー:73歳のおばあさん。若い頃に夫を失い、病弱な子供に満足な治療もできずに貧しいなかで育てた。口が悪くがさつなおばあさんの評判はあまりよくないけれど、若い頃から彼女を慕うおじいさんがいる。ある日、彼女は見慣れない古ぼけた写真館で思い立って写真を撮る。すると彼女は20歳の体に若返っていた。若い娘になった彼女は家を飛び出してあたらしい生活を思い切り楽しむ。ひょんなことから歌に出会い....

さいきん、女優の杏がギター弾き語りで歌う古いフォークの映像を公開した。もともと歌のうまさに定評がある彼女は、声もそうだけど、じつにタイム感が良くて、たとえばキリンジの『エイリアンズ』のカバー(Youtubeで見つかります)も、リズムが取れないと様にならない曲を歌いこなしている。この曲も反戦フォークの原曲を自分のリズムで淡々と歌いきって、なんていうんだろう、もはや人としての高みめいたものすら感じさせた。

感動しながら動画を見てると、関連動画で多部未華子『悲しくてやりきれない』に出会うのだ。ええとですねみなさん、今回紹介してる映画はおいといても、この2つは見ておきませんか(追記。多部未華子の動画はアンオフィシャルなので今は見れません。映画で見てね)。泣けます。はらはらと。こちらはドラマの1シーン風で、たぶん通しで1曲歌って撮ったんじゃないだろうか。歌う彼女は、感情が込み上げて最後は嗚咽しそうになっている。

それが本作『あやしい彼女』だった。今回見たのもそんな出会いがもとだ。オリジナル『怪しい彼女』はプロットがよく出来ていたせいか、アジアの数カ国でリメイクされた。各国の予告編集がこれだ。こうやってみるとオリジナルにわりと忠実そうで、笑わせどころも同じ撮り方だ。日本版も相当に忠実なリメイクだった。

www.youtube.com本作は若返りモノ、実際にはありえない荒唐無稽な話だからコメディーだ。ヒロインは若い娘だけど心がおばあさんのままで、最初は服装センスも古いし、言葉遣いもなんだか変だ。昔のことをいやによく知っているし、妙に人生経験豊かな説教を始めたりする。コメディーとしてはそういうヒロインのギャップ演技がキモになる。

おばあさんならではの、苦労して育てた子供や孫への思いや貧しかった時代の記憶が積み重なった人生が泣かせ部分のキモ。アジア各国でリメイクされたのも、「おしん」が各国で愛されたのと似て、このあたりの情感はだれでも飲込めるからだろう。

もうひとつのキモが歌だ。若返ったおばあさんは、町内演芸大会で頭角をあらわし、そこにいた孫と有望なシンガーを探していたプロデューサーの目にとまり、孫のバンドのボーカルとしてどんどん売れていく。懐メロをバンドサウンドに乗せて歌い、オリジナルの曲もライブで披露する。

オリジナルは、この3つのキモのバランスが取れている。コメディー面ではヒロインの演技がよりコメディー方向に振り切れている。おばあさんはもともと相当にがさつで口が悪い。20歳の彼女も下町のおばちゃん色がより強いのだ。シム・ウンギョンの芝居の雰囲気は日本でいうとちょっと前の上野樹里や、あとは、そう、能年玲奈の感じに近い。

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日本版の多部未華子はあきらかに可愛さよりだ。じっさい可愛い。コメディー的な変顔も魅力的だけど、おばあさんギャップは少し薄口だ。それにもともとのおばあさんが倍賞美津子なのだ。しばらく見ないうちにまごうかたなきおばあさんになっていたが、こちらも元々相当な美人女優だ。

泣かせ部分。じつはリメイクでは設定がおおきく変えてある。オリジナルではおばあさんの子は息子。大学教授になり、結婚し、男女の子がいる。おばあさんはきつい姑で、いろいろあって家にいづらくなるのだ。日本版では娘。小林聡美が演じる娘も夫がいない。母ー娘ー孫の3人家族だ。息子は母の前では純粋に息子だ。でも日本版では娘もまた母であり、女の人生を受け継いでいく、そんな話になっている。だからじゃないがクライマックスの泣かせセリフが少しありきたりに感じた。

そして、歌。ここは各国の観客にはご当地版が強いだろう。日本版はよく知られた昭和歌謡(1960年代)3連発。しっくりくる。韓国の懐メロも知ってる人にははまる選曲なんだろうけど、ぼくは知らない。多部未華子は相当レッスンを積んだらしく、じゅうぶん映画の魅力になっている。懐メロを聴かせたあと、彼女と孫のバンドはオリジナル曲で勝負する。ただ、そこで1つ問題がある。

本作で1番エモーショナルな歌唱シーンは、中盤の「悲しくてやりきれない」なのだ。物語のクライマックスはオリジナル曲シーンなのに、肝心のその曲(小林武史プロデュース、どことなくMyLittleLover味)がおどろくほどインパクトがないし、多部もバンドボーカルはさすがにいまいち様にならない。延々と聞かされても瞳は乾き切ったドライアイにならざるをえない。

オリジナルとリメイク、日本の観客でもどっちが好きか意見が割れるかもしれない。すごく正直にいうと、日本版は少し画面がしょぼく見えてしまう所がある。半分はねらいだと思う。全体をノスタルジー風味のささやかな世界に描いていて、墨田区あたりが舞台、家族の家も小さな建物だし、プロデューサーの自宅もなぜか戦前モノ風の一軒家だ。業界人が古民家趣味はいやに渋い。オリジナルはベタに高層マンションだ。

それ以外もオリジナルはちょっとダイナミックな見せ場を作ったり、望遠レンズと光の回り込みを上手くつかって、おじいさんおばあさんといえどもみずみずしく撮ってみせたりするのに、日本版はやや平坦なものを感じる。オリジナルも制作費は3億程度らしく、そんなにあるわけじゃない。日本版はさらに少なかったんじゃないか。

ただ日本版でちょっと気の効いたシーン転換とか、付け加えたエピソードとか、いい感じに効いてるところもある。あとは多部未華子が十分に魅力的だったから満足した。全体には好感もてる1作です。ただ一つだけ野暮な突っ込みをすると、おばあさんの回想シーンで娘の幼少期、計算すると昭和40年代くらいのはずだけど、なんだか戦後すぐみたいな雰囲気なのだ。あそこまでじゃなくない?

■写真は予告編(上:オリジナル、下:日本版)からの引用

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