陸軍中野学校

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<予告編> やけに核心部をネタばらししてるので未見のかたは注意!

ストーリー:1937年。中国戦線が拡大し、欧米との関係も悪化するなかで、陸軍に独立した諜報部隊を設立するためにうごく士官がいた。草薙中佐(加東大介)だ。彼は士官学校の優秀な卒業生を集めて諜報部員養成学校を設立する。この学校は九段から中野に移動し、中野学校と俗称されるようになる。三好少尉(市川雷蔵)も招集された1人だった。その日から彼は家族とも婚約者とも連絡を断ち、あらゆる教育・訓練を受けるようになる。彼らをうさん臭く見る参謀本部の軍人エリートたち。やがて彼らの「卒業試験」の任務が告げられる.....

大映、1966年の作品。増村保造監督。人気2枚目スター、市川雷蔵主演のシリーズもの第1作だ。本作はいってみれば「スパイ、誕生。」編。士官学校を卒業し、軍人としてスタートしようとしていた若いエリートが、すべてを捨てて非情なスパイになるまでのお話で、じっさい見終わった感触も完結感はあまりない。

陸軍中野学校のことは正直そんなに知らない。一応書いておくと、1938年に設立された帝国陸軍の諜報員養成組織だ。いわゆるスパイ活動の要員と、のちにゲリラ戦の要員を育成した。その卒業生の1人が、戦争後30年フィリピンの森林に身を隠しサバイバル技術とゲリラ戦技術を駆使して生き延びた小野田少尉だ。中野にあった時代の跡地は今は平和そのものの「四季の森公園」になっている。

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ぼくは本シリーズは初めて見た。少なくとも本作、みごとにスパイ映画になっている。それも『007』や『ミッション・インポッシブル』パロディものの『コードネームUNCLE』みたいなアクション+ハイテクガジェットで解決するエンタメじゃない。『裏切りのサーカス』のような、素人からすると「これがリアルなスパイなのかぁッ」と思ってしまうような、ある意味地味で、ちゃんと現実味があるストーリーだ。そして全体のトーンがなによりクールだ。

本作はアクションシーンが基本的にない。スパイが暴力を使うのは、最後の最後、いわば情報戦に失敗した時だ。かれらは、暴力を使わずに世界各地に潜入して情報を集め、工作するスキルを学ぶのだ。史実どおりかどうか知らないけれど、金庫破りの達人を刑務所から呼んできて金庫解錠のテクニックを講義したりする。あるスパイの身元が発覚するシーンがある。ここも教科書どおり、暴力を使わせないように対処する。

泥臭い根性シーンもない。もちろん全員「国のために全てを捨ててくれ」と言われているけれど、「いやな人間は退校してくれ」と草薙少佐は繰り返す。そしてスパイは軍人と見破られてはだめなので、民間人の格好になり、スパイスキルに必要だからと、女給のいるカフェーに繰り出したりする。1966年といえば『007』シリーズは名作『ゴールドフィンガー』をはじめもう4作公開されている。とうぜんお手本にした部分はあるだろう。

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スパイの肝である「任務のためには家族でも裏切らなければいけない時がある」掟が本作のエモーションの中心。それを端正というより実直そうな市川雷蔵が淡々と演じる。ここもねばねばしない。主人公に葛藤があり、苦しみがあるのはだれだって分かる。いくらでも引っぱれる部分だ。でも本作では必要以上に描写しない。彼は腹を決めると、淡々と任務を遂行する。そこがむしろ物悲しいのだ。

監督増村保造は若い頃にイタリアに留学してフェリーニヴィスコンティにも学んだというタイプ。市川崑的なモダニズムを受け継ぐタイプかもしれない。本作の撮影監督、小林節雄は市川崑のスタイリッシュなサスペンスコメディ、『黒い十人の女』も撮っている人で、本作も夜の街の撮り方が格好いい。本作の舞台は東京と横浜、都市型スパイものなのだ。

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特筆すべきはヒロイン、小川真由美のきれいさ。当時では少数派だったはずの、外資系オフィスで働く女性で、英語も使いこなす設定。とつぜん姿を消した婚約者、三好少尉を探してあちこちを探し、物語のキーになる。

主演、市川雷蔵は30代で病死してしまった人だけど、時代劇では大スターで、「素顔は地味だけどメイクするとものすごく変わる」と言われていた。本作では素顔に近いメイクで、同時代の派手な顔の2枚目に較べると地味に見える。でもギラギラしすぎない、華がありすぎないたたずまいが、むしろ抑制のきいたスパイストーリーに良く合ってるかもしれない。『裏切りのサーカス』のゲーリー・オールドマンの渋すぎるたたずまい、アレね。

■画像は予告編から引用

 

 

 

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