39 刑法第三十九条

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<予告編>

ストーリー:藤代(杉村直樹)小川香深(カフカ)(鈴木京香)は、公判中の殺人容疑者の精神鑑定を依頼される。鑑定した藤代は容疑者柴田(堤真一)を解離性同一性障害(多重人格)と判断したけれど、助手の香深は詐病をうたがい、検察官から再鑑定の依頼を取付ける。事件をさかのぼると、被害者の男性にもかつて殺人の過去があることがわかった.....

森田芳光1999年の作品。森田の代表作の一つにあげる人多いだろう。心神喪失状態の犯罪容疑者は責任能力がないとする刑法39条がテーマだ。原作が一応あるけれど、これ(永井豪氏の兄、永井泰宇著)、発行年から観るとたぶんノベライズで、脚本の大森寿美男のオリジナルのようだ。大森は今、2019年でいえばNHKの朝ドラ、『なつぞら』の脚本担当。本作はかれにとってキャリア初期、30代前半の仕事だ。

正直いって、プロットに穴はある。この手の、手の込んだ犯罪ミステリーものにありがちな、「なぜそこまでしてこのやり方で?」というのはともかく、細部も「?」というところなくはない。でも後半に向けて、事件の全貌が見えてきて、素人くさかった香深が成長し、クライマックスの最後の鑑定シーンにいく流れはじつに見事で、脚本の力をすごく感じた。

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だれもがあげる役者たちの演技・演出もいい。主演鈴木京香は、それほど達者には思えなかったけれど、監督としては初めから主演に据えて、脱皮させるつもりだったらしい。犯人役堤真一は、モンスターになりかねない(たとえば『CURE』の萩原聖人)ところを、徐々に実直な人間性が漏れだしてしまうところを微細に演じる。

監督は「まともな人間が1人もいない」配役にしたというとおり、検察官江守徹の終始目を伏せた奇妙な演技、弁護士樹木希林の20年前ですでに老成しきった芝居、あきらかに病的な杉村直樹、好感を持たれることを拒否しつつ重要な役割を果たす刑事役岸部一徳、そしてある意味もっとも病んでいる香深の母、吉田日出子たちの演技がなんとも…ひとことでいって「おいしい」。大満腹である。それ以外の役も全員がそれなりに不幸そうでありつつ、十分な重みを物語に与えている。これの裁判シーンとの比較なぞ、そもそもしちゃいけないのだ。

撮り方も、いわゆる銀落としの現像で、カラーの彩度を落とし、手前の人物の肩をなめてのショットが多い。手前の人物は黒くぼんやりとした、まるで『回路』の不吉な染みのように画面の大部分を占領する。『戒厳令』を思い出した。森田らしく、そこかしこに団地やインフラ施設が中〜望遠で端正に映される。これ、ある意味小津っぽいけどね。かと思うと鈴木京香は極端なアップが続いたりもする。予告編の引用画像だけだと地味な映画に見えてしまうけれど、公判シーンの短いカットとズームの連続とか、なにげに見ていて快感もある。このへん森田監督のシグネチャーがわかりやすく出てる気がする。

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ストーリーは、昔の大作ミステリーっぽさもある。犯人の足跡を追って、捜査側が日本全国を旅するのだ。『飢餓海峡』的なね。後半はなぜか刑事と鑑定人がペアで地方捜査したりして、かなりその部分は奇妙なのだが(こんな組み合わせで動く?)、とにかく新潟の漁村、犬山市の河原、北九州門司のアパートなどを巡る。そして監督の好みに従って、やや過剰なまでに各地の鉄道が望遠レンズで意味ありげに切り取られる。監督の遺作が、のんびりとした、ひたすら鉄道が人々を幸せにする『僕たち急行 a列車で行こう』だったのがなんともだよね。

本作、おおきくくくるとサイコサスペンスなんだろうか。多重人格めいた犯人からはじまって、様々な人物が相応に病んでいたり、ある犯罪のシーンではそれなりにえぐい描写も、回避せずに正面から見せる。ただいえることは、〈必要以上にまがまがしくない〉。 ストーリー上の必然を越えて、ただトーンだけがえぐいとか不吉とか不気味とかそういうのがなく、物語の必要な緊張感とか不安感とか、必然性のある範囲での演出なので、見ていてじゃまな感じがしない。そういう意味では、そしてラストのミステリーならではのカタルシスもふくめて、すごくレベルの高い、正統派的な1本を見た気がした。

■画像は予告編からの引用

 

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