三隅研次2本 斬る & 座頭市物語

時代劇の名監督、三隅研次いまさらの初鑑賞。三隅は1920年生まれ、岡本喜八川島雄三とほぼ同じ、黒澤・小津たち巨匠より10〜20歳下の世代だ。太秦にあった大映京都撮影所で売れ線時代劇を撮り続けた。『雨月物語』『山椒大夫』といった溝口作品や黒澤の『羅生門』を撮った名門スタジオだ。 1960年代の撮影所はこのあたり。そんなに広大じゃない。屋外シーンはだいたいロケだったんだろう。それでも絵になる。


■斬る

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ストーリー:剣客、高倉信吾(市川雷蔵)は小諸藩士の父・妹と平和に暮らしていたが藩内の逆恨みで2人が殺される。復讐を果たした信吾は複雑な出生の秘密を知る。実の家族じゃなかったのだ。流浪の旅に出た信吾は江戸で幕府の高官に仕えるようになる。幕末の水戸藩に不穏な動きがあるらしく、取締に乗り込む高官のお供に信吾もついていくのだが.....

1962年公開。黒澤明の『用心棒』『椿三十郎』と同じ時期だ。下のサイトを見てもらうとわかるように、日本の映画界の観客動員数が1950年代末の頂点から急激に落ち始めている頃だ。やっぱりテレビの普及でしょうね。そうはいっても年間6億人超、まだまだ全盛期だ。

余談になるけど「日本映画の黄金期ははるか昔」といわれつつ、近年動員数は持ち直してきているし、スクリーン数も増えてきてる(ただしほとんどシネコン)。日本映画の新作公開数は全盛期に全然負けてないのだ。でもやっぱり衰退してるんだろうか? シネコンの何番目かのスクリーン用みたいなチープな企画が大量にあるんだろうか......「現場は多くて仕事も市場規模もそこそこあるけれど、数だけ作られすぎ」って、しろうと目に建築の世界にも通じるみたいにも見える。

じゃあ1960年代は志の高い作り手がじっくりと仕上げた名作揃いか、っていうと...どうかなあそれも。 1本当たればその年のうちに2や3が作られて、スター頼みのシリーズ物が多かった時代だ。大映も1950年代末は年間90本くらい製作していて、いくら並行して撮っても、1作に時間がかけられたとも思えない。本作もそんな中での1本だ。上映時間も短い。だから見やすい。

さて本作は大映のスター、市川雷蔵の主演作だ。ぼくが初めて雷蔵の作品を見たのは現代劇に近い『陸軍中野学校』だった。本作では時代劇メイクで目張りを入れていかにもな感じの仕上がりになっている。端正だけど甘さや華やかさはそんなにない、ストイックな侍の雰囲気だ。

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雷蔵は肉体的に弱く(結局30代で癌で死去する)、殺陣も三船敏郎みたいな豪快なのは無理だ。ただ本作でも、集団との斬り合いでは、カメラを動かしながら、自分も位置を変えつつ、結構動きがあるシーンを長回しで一気に見せていて、その辺の動きはぴったり決まっている。

いっぽう、これは三隅監督の作風なのか撮影監督なのか、この時代っぽく画面が急に抽象的になったりして面白い。日本らしくない荒野の風景と現代音楽の劇伴の組み合わせとか、四面が襖の日本家屋の作りを生かした、座敷が無限に続く中をさまよう雷蔵を上から撮ったトリッキーなシーンとか。ちなみに娯楽映画なので、なんとも唐突に女性キャラが裸になるシーンもある。

本作は因縁のある生まれの主人公が、せっかく家族のぬくもりを得たのに全てを失って喪失の剣客となる、みたいな無情感あふれるストーリー。ラストのアンチカタルシスもなかなかだ。

 


座頭市物語

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ストーリー市(勝新太郎)は盲目の渡世人。得意は居合抜きだ。下総飯岡の貸元、助五郎の屋敷にしばらく逗留する。助五郎は対立する笹川一家との関係が険悪になってきたので助っ人として置いておくことにしたのだ。市は一人の侍と意気投合する。平手造酒(天地茂)という病気持ちの剣客だった。おでん屋の娘にも慕われる市だったが、抗争は避けられない雰囲気になっていき....

1962年公開。『斬る』と同年だ。『斬る』は見やすいライティングのカラー映像だったがこちらは白黒。夜のシーンは陰影も濃い。撮影監督が違うから、その作風もあるんだろう。本作は雷蔵と並ぶ当時の大映のスター、勝新太郎の看板シリーズ第1作だ。あまりにハマり役だったから座頭市はその後10年、20作以上作られて、大映から独立した勝のプロダクションでTVシリーズもずっと作られた。

たしかにこの第1作を見ればすぐに分かる。今見られるのは画面クオリティもそんな高くないけれど、面白さは確かだ。なにより勝の只者でなさ加減がこれ以上ないくらい出ている。豪快イメージがあった勝は、体は実はそんなに大きくなく、それでいて丸顔がやけに小さく、坊主刈のせいで余計に強調される。目は基本閉じているから愛嬌のあるギョロ目は見えない。そんな独特なシルエットで、低くぼそぼそと喋る渡世人風の口調も格好いい。

目が見えないからと侮っているとなかなかに超人的な感覚であれやこれやを見通し、ドスを仕込んだ杖での殺陣はそれまでのヒーローの華麗な動きと全然違って、背中を丸めたままの俊敏な動きだ。

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本作では実在の剣客、平手造酒を敵側に置いて、お互いにリスペクトするバランスにしている。平手は素晴らしく腕が立つが、病気で先行き短く、死に場所を探していて、市こそ...と見定める。一方の市は、加勢する飯岡一家にはろくな連中がいなく、どちらかというと平手を雇っている笹川一家の方がましに見えるのもあってあまり平手と戦いたくない。

物語上避けられない2人の対決では、病気のハンディもあり平手を十分に立てた形になっている。相手の思いに応えた座頭市もあまり罪深く見せない。平手役の天地茂がややアンチヒーロー感もありつつ侍的な品も感じさせて実にいい。『斬る』でも主人公の実の父親役で出ていた。

舞台は下総飯岡。今の千葉県旭市、銚子のすぐ近くの海沿いの町だ。映画では小舟で侵攻するから水郷のイメージかもしれない。でもロケは海辺というより京都周辺だろう。ラストは冬枯れの雑木林が舞台。他の三隅作品でも似た場所が映っていたから監督の好みかもしれない。

■写真は予告編からの引用

  

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