ミックマック


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監督ジャン=ピエール・ジュネは誰にでも分かりやすい作風の持ち主だ。長編デビューの『デリカテッセン』のときから、それはファンタジー表現のスタイルのひとつを確立したといってもいいくらい新鮮だったし、際立っていた。各国のフォロワーたちの作品に埋もれて、このスタイルは少し新鮮さを失ってしまったけれど、それでも10年後の『アメリ』で、彼の作風は文系女子の妄想とサブカルテイストとみごとすぎる融合を果たし、世界中のアイコンになった。ハリウッドムービーの請負監督たちと比べると、彼はマニアでない観客にも一目で分かるブランドを確立している。
『ミックマック』は監督の作風が、よく言えば原点回帰、悪く言えば自己模倣みたいな形で色濃く出ている映画だという気がする。コメディータッチの作劇、戯画化されたキャラクターたち、クラシックなメカやガジェットへの偏愛、徹底した画面の色調コントロールメガネっ娘ラブ(笑)。『デリカ』と『アメリ』が好きな観客が安心して楽しめる要素がてんこもりだ。観客が安心できる要素がもうひとつある。監督がかれらを置いてきぼりにして「大人」になってしまっていないところだ。
ジュネはリアリティという点でも、男女の描き方にしても、ある意味、世界中の大人になれない大人のための作家だった。すくなくとも『アメリ』まではまちがいなくそうだ。その次の『ロング・エンゲージメント』は、原作があったからそれなりに重厚な物語だったし、物語に合わせて描写も抑制が効いていた。あと、例えばシャネルNo5のCMでは、すっかりいい女風になったオドレイ・トゥトゥをフィーチャーしてエレガントな破綻のない世界を作っていたりもする。

今作は、第三世界に武器輸出をしている兵器メーカーを悪役にして、その被害者が反撃するという、ちょっと社会派テイストをきかせたストーリーだ。ところがファンタジックな物語というところを差し引いても、なんというかジュブナイルみたいな描写なのだ。
監督はインタビューでも「政治の話はしたくないんだ」といって悪役については口が重い。そんなに得意じゃないんだろう。テーマとしても難しすぎる。だいたい、エンターティメントが社会問題を取上げるばあい、よくできていても良質なドキュメンタリーと比べてしまうと類型的で表面的な問題提起で終わるのがほとんどだ。単純化せざるをえないから仕方がないともいえる。でもなあ・・・それにしても戯画化しすぎで、さすがにピンとこないのだ。2つの兵器メーカーへの復讐は、それぞれの子供じみた社長に罰を与えることで成就してしまっている(そのあと倒産するんだっけ?)。そして二人の社長がべらべら会社の暗躍ぶりを話すのを、YouTubeで配信して世界中のネットユーザーが見るという、描写込みで陳腐すぎるつけたしを持ってきてるんだが、とにかく大企業のセキュリティの甘さ描写も社長の単純なワンマンっぷりも、子供向けアニメレベルの世界観なのだ。
デリカテッセン』も難しいことは何もいっていないが、全体がちいさいスケールの話なので寓話的に見ることができた。しかしこのストーリーではそうはいかない。けっきょく敵役が幼稚すぎるおかげで、主人公たちのゲリラ活動もあまりスリリングじゃないし、ラストのカタルシスも大してなくなってしまっている。
あと、主人公とヒロインの関係描写もそう。中年男女がなぜ中学生よろしくときめき描写のなかでそわそわもじもじしているのだ。 ふたりの奥手ぶりは、『アメリ』みたいな物語上必然の性格というわけでもない。 レーティング(観客年齢)設定なのかと思ったけれど、 一方では2回も脇役たちのなんだか乾いたエロシーンが登場するのだ。この感じも『デリカ』と共通してる。
ジュネ印というべき、画面の作り込みや凝った音響以外にも、そんな「大人にならない」部分の作風にも今回は回帰してきているわけだ。で、正直に言うと「少し変わってもいいんじゃないの?」と感じてしまったいうわけ。すばらしくよく出来てるとは思う。寡作の監督だから、ファンが「あの味」を待っている、のもたしかかもしれない。でもなあ・・・どことなく監督自身が自分の強烈な「作風」のしばりにあっているような、そんな印象の映画だった。
ちなみにインタビューでは監督はテリー・ギリアムティム・バートンへの親しみをかくさない。まさに作り込み三巨匠。分かりやすいよね。