グランドブダペストホテル


<予告編>
第87回、作曲賞・美術賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞・衣装デザイン賞受賞。 『バードマン』とならんでノミネートされて、それぞれ分け合って4賞受賞。ふつうに考えれば大成功だ。でもそうかなあ。あっちは作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞。何というか、こっちの賞をみると「うん、画面づくりは頑張ったんだよねー」的な評価に見えてしまう。
ティム・バートン、ジャンピエール・ジュネ、あとテリー・ギリアムをいれてもいいかもしれない。ムリに大人になろうとしない、子供っぽさと切り離せないイメージの噴出をなにより大切にする作家たちだ。時間とてまをかけて、彼らにしか見えない世界を作り上げ、観客に体験させてくれる。大好きな作品がいくつもある。でもこの道はそれなりに大変だろうと思う。手っ取り早くいい話でもないし、子供じみて見えると「本格派」じゃないみたいなポジションになりがちだ。たとえばポール・トーマス・アンダーソンが途中からものすごく重厚でビターな作風にシフトして(『ゼアウィルビー・ブラッド』『ザ・マスター』……)いきなり巨匠感すらただよわせだしたのと対象的だ。ある意味勇気がある作り手たちだと思う。そこにいつづけるというのはね。
ウェス・アンダーソンキッチュな世界作り込みという意味では似てる。『ライフ・アクアティック』の船も『ザ・ロイヤルテネンバウムス』の家も。メイキングを見ると小物までの異様な作り込みは監督自身の手だったりする。ま、少しテイストがちがうかなぁ…….。もっとスノビッシュな雰囲気がある。でも本作を見ていたらなんだかジュネににてるなと思った。『ミックマック』とかね。絵が凝りにこっているけど、おもちゃ箱的なところ、それにお話がシンプルそのものの活劇でキャラクターがわりと類型的だというのもあるかもしれない。複雑な味わいのある役者たち、ハーヴェイ・カイテルウィレム・デフォー、いつものビル・マーレイなんかも今回はオブジェとして使われてるような印象もあった。奥行きがある役柄があたえられているわけじゃなく、そこに置いておく役者の重みにたよって雰囲気を出してる、というようなね。活劇もサスペンスも、ややメタ的な扱われかた、つまり「むかし、こんな感じでハラハラさせるの、あったよね〜」というフィルターをじゃっかん感じてしまうのもあって、はっきり言ってスリルはほとんどない。

観客としてはいつものように「よくこの世界、つくってくれました!」という楽しみ方になるだろう。そこはたしかにゆるぎない。東欧の山深くにありそうな、それでいてきらびやかなホテル、ふもとのかわいい街。ゲルリッツだ。景色にぴったりのかわいいカップルと優雅なコンシェルジュ。スラブ的な粋な音楽。その世界は映画の短い時間のなかでも重なりあう歴史のなかにちゃんと置かれる。ぼくは真冬にいったチェコを思い出し続けていた。首都プラハの雪深い丘の上にはゴシックのカテドラルとロマネスクの教会がある。人がいなくて白い雪に黒っぽい高い塀がそびえる。地方の街に列車で向かうと、車窓の景色はほんとにこの映画そのものの雪の広野だ。勾配のゆるやかな山野にうっすらと落葉樹の群落がある。人家も道も視界にはいらない。「ああ、もしあそこに放りだされたら死んじゃうな」なんてことを思った。そして古都にある修道院を改装したホテルに泊まったら、シーズンオフもいいところで(ちょうどこの映画の序盤、ジュード・ロウふんする作家が泊まりにいく時、いやあれよりもっと人がいなかった)ひろびろしたメインダイニングはほとんどぼく1人しか客がいなかった。それでも給仕のおじさんはにこやかに伝統料理を運んでくれたのだ。