天才スピヴェット


公式
ストーリー:モンタナ州の人里はなれた牧場に住む10歳の少年スピヴェット。双子の弟は銃が好きな豪快派。姉はミスモンタナを夢見る高校生。母はマイペースの昆虫学者。父は無口なカウボーイ。ある日、実は天才だったスピヴェットが送った永久機関についての論文がスミソニアン財団のベアード賞を受賞したと電話が入る。少年は決意する。近くを通る貨物列車に便乗してワシントンDCまで行くのだ。そして受賞式に出席するのだ。ある日の明け方、少年は大きなスーツケースをぶら下げてそっと家を出た…..
J.P.ジュネ。当ブログだと『デリカテッセン』『ミックマック』を紹介している。もちろん『ロストチルドレン』『アメリ』『ロング・エンゲージメント』みんなわりと好きだ。テリー・ギリアムティム・バートンウェス・アンダーソンたちにつながる、どことなくチルディッシュな感覚をいつまでも残した作り込み系の監督だ。基本的には好きなラインなんだけど、前の『ミックマック』では、ちょっと、「同じ位置にいすぎなんじゃないの….?」 と思わないでもなかった。十分過ぎるくらい大人の作者が語る世界のありようが少しシンプルすぎてさすがに乗り切れなかったのだ。ちなみに、知らなかったけれど、監督は『ライフオブパイ』の制作にけっこうな段階までかかわっていたんだね。公式にもちゃんと書いてある。

本作の世界もとてもシンプルだ。作風に少しギミック的なところがあるからややマニア向けに見える….かもしれないけれど、ものすごく間口が広い、ほとんど誰にでもおすすめ系の映画じゃないかと思う。家族をめぐる「感動話」もそんなディープじゃない。ひりひりと刺さることもなくほどほどの気持ちよさで消化できる。主人公の少年が線の細いだれでも「だいじょうぶ」と言ってあげたくなるようなタイプだから共感するのに抵抗もない。
そしてジュネらしいおもちゃ箱的美術と効果的にかぶさるイラスト、衒学的なセリフ、ほどほどの笑い。見ていて心地よさがつづく1本だ。少年がモンタナ州の片田舎から大陸横断の貨物列車にとびのると、そこはそれ、列車にはいいぐあいに展示用らしいキャンピングカーが積んである。少年はふきさらしの列車の上で過酷な旅をする必要はない。『闇の列車、光の旅』や『天国の日々』みたいな、悲惨な境遇からの脱出のためのやむにやまれぬ移動じゃないのだ。キャンピングカーの中にはちゃんとふかふかのおふとんがある。そのあとちょっとした辛い出来事もある(少年のイニシエーションのためにはさ、そういうのがないと)、けれどやさしい長距離トラックの運ちゃんに出会って、順調にDCに到達するのだ。


この映画、アメリカ人が見たら、「これうちらの国じゃねえよ」と思うんじゃないかね。牧場もカウボーイもアイドルを夢見る少女もやっぱり外国人が見た記号的アメリカだろうと思う。脱臭された中西部だ。『パリ・テキサス』でドイツ人のヴェンダースが見た格好よすぎる西部、あれと共通だ。だから風景も美しい。『アメリ』のパリ、『ロング・エンゲージメント』のどこだか知らない海岸沿いの村、今回はアメリカ中西部の景色だ。牧場も、列車が通過する街も草原も駅もうつくしい。たぶん本物よりうつくしいんじゃないか。だってロケ地はぜんぶカナダのケベック州ブリティッシュコロンビア州だからね。アメリカ本国でのロケはワシントンDCだけ。さすがにアイコン的な景色だからよそで撮れない。でもひょっとすると現場に監督は入ってないんじゃないかな。
監督はアメリカで1度だけ映画を撮った。『エイリアン4』だ。これは見てない。監督からすると相当トラウマティックな体験だったらしく、アメリカの映画産業、エンタメ産業が全般にだいきらいなようすだ。公式サイトのインタビューを見てもとっても分かりやすい。ケベック州だったらフランス語も通じるだろう。監督は心地よく仕事する(ま、想像だけど)。でもこのパターン多いよね、アメリカ中西部が舞台だけどカナダでロケするパターン。いい風景が多いのかね。『天国の日々』も、ギリアム監督の『ローズinタイドランド』もそうだ。
さて、この映画『ミックマック』に少し似た感想も残った。敵役というのがいるんだけど、つまりとつぜんあらわれた天才少年を利用しようとする人たちなんだけど、人物造形といい演出といい、さすがに一面的過ぎる気がする。このあたりは原作の書き方もあるんだろうし、あとはここまでくると作風なんでしょうね。ただ、まちがいなく言えるのは、そのシンプルさも含めて、それから途中ですこし皮肉っぽく書いた「過酷なこの世界」みたいなものからの距離も、だから見ていてものたりない、とかではぜんぜんない。なんともいえずほんわかしたものがちゃんと残った。