ベネデッタ

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ストーリー:17世紀イタリア。6歳から修道院で暮らすベネデッタ(ヴィルジニー・エフィラ)は、逃げ込んできた若い女性バルトロメアを助けていらい、微妙な感情を抱くようになる。若い頃からイエスに恋し、愛されるビジョンに浸っていたベネデッタはある夜聖痕を受ける。それは司祭公認の奇蹟となり、修道院長(シャーロット・ランプリング)を押しのけてあたらしく院長に任命される。一躍町のカリスマになったベネデッタだが、疑惑を持つ人たちはいた。町の周囲ではペストの蔓延で次々と人が斃れていく…。

2021年公開、フランス制作。監督はポール・ヴァーホーヴェン。原作は、同性愛を理由に有罪になったベネデッタをめぐる宗教裁判の記録をもとにした1冊の本だ。全く知らなかったけれどセクシュアリティの歴史研究のパイオニア的存在らしい。修道院とタブーといえば『薔薇の名前』をすぐ思い出すけれど、欧米では「修道女のタブーもの」はエロの1ジャンルだそうだ。まあ無理もない....

というわけで本作。「御年84歳、ポール・ヴァーホーヴェンの怪作!」的文脈で語られがちだ。関係ないけど、性別や外見、人種ステレオタイプにはすっかり敏感になったメディアでもこの「御年」はふつうに使うね。なんでもフラットに言えばいいってもんじゃないけれど、エイジズム的には気にならないんだろうか。

とはいえ、見ていて何より思うのは、まさに老人力と言いたくなるような力強さだ。これが老監督だからなのか、いやヴァーホーヴェンという、80年代から問題作を撮り続け、図抜けて力強く自分の表現を貫いてきた人だからなのか、若干後者のような気もするが、でもだ。なんだろう。この、2020年代的問題意識やマナーやテクノロジーの香りがしない、力強く野太いこの感じ。堂々と「今っぽくあろうとしていない」たたずまいが独特の重量感を呼ぶのだ。

本作、性表現も正面から描くし、主要登場人物の全裸シーンもためらいなく映される。もちろんインティマシー・コーディネーターが入っていたともいうし、撮り方はちゃんとアップデートされているだろうと思う。それでもヌードに必要以上の理由も工夫もない「映画なんだし、ここは見せとく」的な直球表現。少女ベネデッタが肌身離さず修道院に持ってきた小さなマリア像の、後になっての活用具合もすごい。

テーマ的なところで言えば、主人公ベネデッタは若い頃から「キリストに恋した」と宣言し、彼女だけに何度も起こる奇蹟は自作自演の香りが濃厚に漂う。それがカトリック聖職者の社会でどんな効果があるか知り尽くして振る舞うのだ。奇蹟を使いこなす、ピカレスクロマン的主人公。その世俗性をボリューム感あふれる肉体として見せているとも言える。ベネデッタは物語中、20代くらいだと思うけれど、ヴィルジニー・エフィラは45歳。物語にはぴったりの華がありつつ、その肉体に若さにともなう無垢さや危うさはなくて、失礼な言い方かもしれないが、堂々たる実在感と押し出し感すらある。

 

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© 2020 SBS PRODUCTIONS – PATHÉ FILMS – FRANCE 2 CINÉMA – FRANCE 3 CINÉMA

 

監督のわりと新しい2作『ブラックブック』『Elle』、どちらも性的な描写は堂々とあった。ただし、どちらも観客にサービスしたという感じじゃなくて、女性主人公たちの力強さや実在感を見せるために肉体性も描写しているように見えた。本作はそれに比べると若干ポルノグラフィックな面が強いと言われて仕方ない部分はあるけれど、共通するところもある。

前にラース・フォン・トリアーアンチクライスト』や『ニンフォマニアック』で、男性を理屈や制度、教養、科学の側において、女性を本能や自然の側におく描き方をしているなぁと感じた。男性に当然ある肉体性や野獣性をあえて描かず、女性のそれだけを強調するのだ。少し似た視点があるかもしれない。ただヴァーホーヴェンの女性観はミソジニーとも言われるトリアーとはたぶん違う。男女の対照だけというわけじゃないのだ。

本作が面白いのは、理屈=制度=秩序の側の代表に年長の女性、元の修道院長をおいていることだ。演じるシャーロット・ランプリングは、鋭利な知性と、品性と老獪さと、全部表現している。昔の名作はもちろん『スイミング・プール』の作家、トリアー『メランコリア』の破壊的な母、『DUNE』の女性秘密結社の老師的存在...そんな彼女の肉体性もある形であらわになるのだ。

ヴァーホーヴェンは2008年にキリストの研究書を出版している。それも信仰の書じゃなく、「奇蹟」を懐疑的に見て、解き明かすような研究書だそうだ。本作でもスタンスは一貫している。

*ベネデッタ伝記のドラマ版。

 

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