A
B
<エル Elle>
おおげさな言い方だけど、さいきんの欧米のメジャー映画で人種的なダイバーシティと女性の力強さ要素が含まれていないと、逆になんかの狙いか?と思ってしまうくらい、この2つは前面に出てる。去年以降見た映画だけでも『スリービルボード』『ウインドリバー』『女王陛下のお気に入り』『オーシャンズエイト』あたりは、よくある悪女キャラとも強い女キャラとも違う、抜けのいいヒロイズムを女性に重ねてるし、『ビューティフルデイ』『デッドプール2』あたりも今までとは違う役目をヒロインに持たせている気がする。
もちろん『Elle』の監督、バーホーベンは昔から女性の容赦ない強さがストーリーのコアになっている『氷の微笑』『ブラックブック』みたいな作品もある。でもやっぱり、今の時期ならではの描き方もしてるだろう。今回の2作はたまたま近い時期に見たから、というだけだけど、ためしに並べてみました。以下は、A:アトミックブロンド B:Elleのことです。
ストーリー:『アトミックブロンド』:ロレーン(シャーリーズ・セロン)は凄腕のエージェント。MI6から冷戦最後期のベルリンに派遣されて、東西各国のスパイ達と、時には情報戦で騙しあい、時にはフィジカルな戦いで窮地を脱出し、ミッションを遂行する
『エル Elle』:ミシェル(イザベル・ユベール)はゲーム会社の社長。独身でパリの高級住宅地に住む。ある日自宅に侵入してきた覆面の男にレイプされる。でも彼女は警察に届け出ない。自力の探索が始まった....
A
■肉体の強さ
Aのロレーンは最初から屈強な男相手の格闘にまき込まれる。彼女の戦いに女性としてのエクスキューズは全然ない。組み合う力では負けても、武器の使い方や異様に高い持久力やで、格闘のなかに「けなげさ」みたいなものは一切見せない。次から次に敵を倒す、このタフネスはファンタジックな男性ヒーローものと同じ。格闘アクションの専門家チームが、女性の効果的な戦い方を研究してアクションをつけてるから、説得力があって面白い。男性ヒーローをほぼそのまま女性に置き換えてる感じは『スリービルボード』をちょっと思い起こさせる。
Bは肉体的には強くない。レイプ犯に力強く反撃して叩きのめすシーンがあるけれど、それは彼女の想像の中のできごと。彼女の強さはそっちじゃないのだ。
■SEXにまつわる立ち位置
Aのシャーリーズ・セロンは、基本的に一般的な男の観客が投影しがちなセクシャルファンタジーの外にいる。彼女の別の代表作『マッドマックス フューリーロード』と同じだ。ファーストシーンでまずヌードになるけれど、それは鍛え上げた背筋(と傷だらけの体)を見せるため(セクシャルなシーンなのに女優ケイト・ブランシェットの背筋が力強過ぎた『キャロル』もあったね)。 とにかく彼女が武装を解いて男に抱かれるシーンはない。彼女は抱く側だ。相手は可愛いフランス人女スパイ、デルフィーヌ。
A
Bのヒロイン、ミシェルは意外なくらいに狩る側だ。演じるイザベル・ユベールは60代だけど作品上は40代後半〜50代のイメージで、フランスならではというか、SEXというゲームの、まったくの現役プレーヤーとして振る舞う。じつは本作の彼女の最大の強さは、どの男を相手にしても、自分の欲望に合わせて自分で獲得する側になるところで、端正で知的なイザベル・ユベールの雰囲気とその役のギャップが作品の味だろう。やがてテーマ自体がそこに収斂していくのだ。
B
■知力
Aはスパイアクションムービーだけど、『裏切りのサーカス』的な騙し騙されのゲームものでもある。最後まで誰が騙して誰がハメられたか分からない。ロレーンは、頭の切れ具合でもライバルたちを凌駕する。ようするに最強なのだ。彼女はつねにハメる側だ。
Bのロレーンは敏腕社長で、トラブルの処理の仕方も良く知っているキャラだ。しかしあれだね、敏腕社長&ダメ息子に悩む母、というポジション、去年彼女が演じた『ハッピーエンド』の役と良く似ている。冷徹な感じも。会社のスタッフは自分より若い男たちが多くて、ときどき彼らがビースト的に歯向かってくる。そこでは直接対決みたいなシーンはなくて、彼女は世慣れた経営者として男達をてなずけていく。
■経済力
Aはまあね、国家から派遣されているスパイだから。金には困らない。好きなように衣装を変え、任務以外のところで何かを我慢したりはしない。予算が足りなければ本国に要求するだけだろう。1級のプロフェッショナルなのだ。
Bは言うまでもなくリッチだ。周りに出てくる大抵の人々よりたぶんリッチだ。別れた夫よりも友だち夫婦よりも。だから彼女が誰かをほんとの意味で頼ることはない。経済的な独立性も彼女の強さだ。
B
■
女性キャラの強さ表現といってもいろいろあるわけだね。アメリカ映画で最近多いのは警官とか軍人とか情報機関の女性スタッフ役。『ゼロ・ダーク・サーティ』『ボーダーライン』『ウインドリバー』あたりだ。キャラクターとしてはちょっと似ている。弱さを内在させていて、男性ヒーローとセットになっているパターンだ。『ブラックブック』『女王陛下の』あたりの、「女」を武器にする強い女パターンは昔からあった。この2作でいうと、倫理的な戸惑いをまったく描かず、振り切れた強さを表現しているところが似ている。戦隊ものの女性枠が男性キャラと同等以上に戦闘力があるパターン、『デッドプール2』『スパイダーマン スパイダーバース』がそれだ。
『アトミックブロンド』は新鮮かもしれない。と思ったけれど、なにか見覚えがある...そう、草薙素子少佐だった。『攻殻機動隊』だ。プロフェッショナリズムと、情に流される部分がまったくない、ドライな格好よさはそっくりだ。そう思うとファーストシーンで水に浸かってるところもオマージュっぽく見えてきた。シャーリーズ・セロンの長身で力強い肉体が納得感を与える。スカーレット・ジョハンソンじゃどこか違うのだ。
『エル Elle』は、実は「社会的地位のある女性も、性暴力にさらされる」話じゃない。社会的な力がありつつ、さまざまな倫理観(宗教的にも)にしばられない、感情に押し流されない、そんな女性を主人公にした、むしろピカレスクロマンに近い物語だった。
■写真は予告編から引用