ハーフ・オブ・イット

ストーリー:エリー・チュウはワシントン州の田舎町の高校生。中国からの移民だ。エンジニアの父は英語が苦手なのでちゃんとした仕事に就けず、田舎の駅の見張りをしている。勉強はできてもクラスの片隅にいるエリーに同級生のポールが声を掛ける。片想いのアスターにラブレターを渡すから、いつもクラスメートの作文を代筆しているエリーに書いて欲しい。しかたなく引き受けたエリーだったが....

前回の『ブックスマート』と同じ女子高校生の青春ものだ。『ブックスマート』に比べると、たぶん本国では地味目な存在だったと思う。パラダイス的な明るいクラスを描いた『ブックスマート』も楽しかったけれど、ぼくには少し憂いを帯びた本作の方がしみた。ただ、人種のフラットな描き方や、ルッキズムを外した語り口は、どちらも共通した今の感覚だ。監督・脚本は中国系のアリス・ウー。

本作のレビュー(本国)で「高校生がこんな風に喋らない」というのがあった。文学的すぎるのか、今風じゃないのか、残念ながらぼくにはわからないけれど(『ブックスマート』のマシンガントークも普通の高校生には見えなかったし)、本作は確かに主人公同世代を中心に狙ってる作品じゃなく、〈あの頃〉を振り返って感慨にふける観客が多いタイプに見える。ちなみに物語の中で高校生たちと絡む音楽も、アコースティックギターの静かな歌か、なぜか1980年代のブルース・スプリングスティーン風ロックだ。なぜ高校生が?

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物語は言ってみれば3角関係ものだ。序盤で主人公エリーは同性のアスターを遠くから見つめ、ちょっとした会話でどぎまぎする。そこへろくに話したこともないポールにアスターへのラブレターを頼まれて「えっ」となってしまう。でも手紙の対話が弾みはじめるとポールのキャラクターを無視してアスターとの対話を楽しむのだ。同士であるポールとの距離も縮んでいく。

でも3角関係から想像するようなラブロマンスが中心じゃない。タイトルがプラトンによる愛の解説をもとにしているように「愛」についての物語ではあるけど。主人公たちは自分がはまり込んだ愛をそれぞれに見つめて「愛ってなんだ」と思いをめぐらすのだ。どっちかというと愛をきっかけにした自分の発見の物語だろう。

本作のセリフ回しはとても間が多い。時には居心地悪くなるくらい。エリーは思ったことははっきり言うけれど、黙って耐えるタイプだし、ポールは口下手でアスターの前に出るとろくに喋れない。そしてエリーの家族では父は英語がたどたどしいから自然と無口になる。『ブックスマート』みたいなテンポのいい早口セリフの応酬みたいなシーンは発生しようがないのだ。

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風景もそんな寡黙なドラマにぴったり合っている。というより作品の雰囲気を、世界を決めているのは、ワシントン州の田舎、という設定の寂れた街だ。エリーと父が働く駅は、1日に何本列車が通るか分からない、誰も乗り降りしないような場所。学校へは森の間を自転車でいく。クラスのイケメンボーイは地元の唯一の産業、砕石生産の会社のあととり息子だ。

ポールの家は昔からのタコス屋で、ポールも自動的に高卒でそこで働くイメージ。アスターはアートに興味があるけれど、家族ぐるみでイケメンボーイと付き合っているから、そのまま結婚するルートが見えている。エリーは成績がいいから先生には大学進学を勧められても、父をおいて街を出られる気がしない。

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そんな田舎の閉塞と、閉じられてしまったように見える将来が主人公たちの出発点なのだ。そして密かに文学を、音楽を、映画を愛するエリーが初めて見つけた、同じ話ができる相手がアスターだった。まったくその手のことに興味がなかったポールもだんだんと物を考える人に変わっていく。

物語はこのジャンルの定番、いろんな葛藤や出会いやあれこれを経て卒業の時を迎え、それぞれに一歩成長した3人は物語がはじまる前の閉塞感から、外への可能性に気が付く。そんな後味がいいお話だ。後半になるとそれぞれがちゃんと語るようになっていく。

舞台になる、少し寒々しい田舎町がすごく魅力的だ。設定ではシアトル近くの北西部だけど、ロケは実はNY州。エリーとお父さんが住む駅舎兼(?)住居はここだ。

通学路は例えばこの辺りも。 ポールがアスターとデートする、多分町で一軒しかないようなダイナーはここだ。日本の信州や東北と似た、東部の森林の風景が、この物静かなストーリーによく合っている。物語の中でそれなりに季節は巡っているけど、一貫して少し肌寒そうな景色だ。実際には田舎町ではほとんどみんな車で生活しているだろうけど、この物語のキモはあえての鉄道。ここも独特なセンチメンタルさがわきあがる。

■写真は予告編からの引用

 

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