フォードvsフェラーリ

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<公式>

ストーリー:1965年。モータースポーツで名声を得たいフォードは、イタリアの名門フェラーリの買収に失敗、自力でレーシングカーの開発を進めていた。耐久レースの頂点、ルマン24時間で勝つために、元カリスマレーシングドライバーで開発者でもあるキャロル・シェルビー(マット・デイモン)を招聘する。キャロルは変わり者だが腕のいいドライバー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベール)をチームに引き入れる。お固い大会社フォードの役員たちの圧力とも戦いながら、チームの挑戦が始まった....

これはもうですね、眼福映画。画面のなにもかもが格好よくて素敵だ。監督と製作チームのプロジェクト推進力に感謝の気持ちがこみ上げる。それこそフォードレーシングチームなみに資金と時間を惜しまず、実際のレーシングコースもスタンドも走る車も撮影用に作り、実走する車にカメラを搭載した昔ながらの撮影方法でえもいわれぬ格好いいシーンをこれでもかと見せるのだ。

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1960年代のモータースポーツシーンはほとんど歴史上のできごとだ。でも60〜70年代のレーシングカーはなんともいえず格好いいしセクシーに見える。F1を舞台にした名作『RUSH』も1970年代中盤を舞台にしている。いや1990年代だって、たとえばアイルトン・セナを主人公にした映画がそのうち作られるかもしれない。当時の光景がほどよく熟成してノスタルジックになった頃にね。

本作のストーリーはとてもシンプルだ。2人のちょっとはみ出しものが巨大組織と渡り合って、時にはおたがいぶつかりあって、「勝利」の2文字に向けて一直線に進む....間にはじつにいいあんばいで光と影と挫折と溜飲を下げる出来事とが入り交じる。ぼくはテストパイロットを描いた『ライトスタッフ』を思い出した。空気感がどことなく似ているのだ。

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本作の開発チームはどこかの空港をベースにしていて、航空機モノのライトスタッフと風景もどこかかぶる。テーマはどちらもスピードへの挑戦と技術開発。チームには冷静な技術者もいるけれど、実際にそれを操るのは、どこか頭のネジが飛んだはみ出し者だ。だけど間違いなくヒーローであるかれらは歴史の影にかくれがちだ。『ライトスタッフ』で最高の(だけど宇宙飛行士の栄光は得られなかった)パイロットとして描かれたチャック・イェーガーのそんな雰囲気がどこかケン・マイルズにはある。

ストーリーは実話ベースだけど、エモーショナルな盛り上がりのいくつかは創作だ。というより、熱いエピソードはだいたいフィクション。喧嘩シーンとかね。あと、本作の序盤、シェルビーがフォードに呼ばれて「90日で勝てるマシンを作らなくちゃいけない」みたいなミッションを科せられる。このあたりは前段を省略していて、前年の1964年にはフォードGT40は完成していてルマンで走っているのだ。出走した3台はすべてリタイア。本作の65年モデルはエンジンを積み替えた改良モデルで、いわばその煮詰めなんだろう。じっさいの出来事の理解は配信で見られる『24時間戦争』が絶対のおすすめだ。

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実質主役のクリスチャン・ベールは例によって強烈に減量して顔を似せ、たぶん本人の映像とかで研究したんだろう、独特な顔のつくりや首の曲げ方や姿勢で、へんくつだけど才能がある男の雰囲気がよく出てる。『VICE』や『アメリカン・ハッスル』と違ってちゃんと本人と分かるし。フォード側の役員の1人、アイアコッカ役は(ちょっとマッチョすぎるが)いい。フォード社長もなにげにいい。彼の衣装は安定のブルックス・ブラザースだ。

 

たぶんこの作り込みのレース映画はそうそう見られないだろう。テーマ的にもぽんぽん似た作品を企画できるようなものじゃない。アメリカ特有のNASCARだのインディ500じゃアメリカ以外の観客にはちょっと遠いし、逆にアメリカの観客にはWRCラリーやF1は馴染みが薄い。だいたいフィクションで、レースシーンの迫力を再現するのが難しすぎるのだ。だって、観客の記憶にはぜんぶ実際のレースシーンがあるんだから。モータースポーツものの名作はドキュメンタリーが多い。

そんななかで本作は『グラン・プリ』『RUSH』『栄光のル・マン』と並んでモータースポーツものの古典に並ぶだろう。作り手もそんな意識があって、あえてクラシックな、時代を超える撮り方や見せ方にしたんじゃないだろうか。

■シーン写真は予告編からの引用

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