昭和元禄落語心中&鬼平


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ストーリー:昭和50年代、刑期をおえて出所した青年はまっすぐ寄席に向かう。名人、有楽亭八雲に入門を乞いにきたのだ。人と距離を置き、ずっと弟子をとらずにいた八雲はなぜか彼を家に連れて行くことにする。与太郎と名前をつけた青年と、なにかいわくがありげな小夏という娘との三人暮らしだ。ある夜、八雲は2人に昔話をはじめる。昭和初期、子供ながらに先代八雲に弟子入りした菊比古(のちの八雲)と同じ日にやってきた野生児、のちの助六との、戦争をはさんだ長い長い物語だ。満州に慰問に行き、生死をさまよった師匠と助六が連れ帰ってきた芸者、みよ吉をはさんで、2人は戦後の娯楽の復活と落語の人気にのって落語家として成長していく…..

深夜枠で放送していたTVアニメ。2016年に第一期、2017年、つまり今シーズンに第二期を放送中だ。原作は第一話くらいのところまでしか読んでなかったけれど、たしかに面白い。内容は相当渋く、ぼくみたいな観客でも辛くなく見られるくらいだから、相当上の年齢でもOKの内容だ。実写で撮ればさらに渋くなるだろう。
落語の世界を紹介しながら若い世代もなんとか引き込もうというドラマは、2005年の『タイガー&ドラゴン』以来なにかあったかな。『しゃべれどもしゃべれども』か。『タイガー…』は宮藤官九郎の脚本があまりにも達者で、大好きだった。本作も位置づけ的にはこれに近い。落語ファンというより外の人に向けたつくりだ。ファンはどうしたって実在名人のしゃべりとキャストのしゃべりを比べてしらけるだろう。これだけはどうしようもない。作り手もそこは承知だ。声優として落語家を呼ぶのはきつくても、落語部分だけやってもらうとか、そこだけ生声を避けるとかやりかたはあったと思うけれど、正面から声優に落語を、それもたっぷりとやらせている。これが「ラジオ寄席」みたいので聞こえてきたら笑いにくいかもしれないけど、ドラマの中の1シーンとしては十分OKだと思った。このドラマの落語シーンでは、視聴者を笑わす必要はぜんぜんないからだ。

『タイガー…』は「古典落語の世界って、現代に置き換えるとこんなに面白いんだよ、そんな話を寄席ではやってるんだよ」という引き込み方だったけれど、こっちはそのまま古典を聞かせる。戦前戦後の街や寄席や吉原周辺の世界も説明なしでそのまま見せる。ちょっと前にTUBE的なところでたまたま見た『坂道のアポロン』とよく似た企画だ。『アポロン』は昭和30年代くらいの佐世保を背景にジャズの古典名曲をまじめに聴かせていた。あと、共通するのは、漫画原作だということもあって、昔の少女漫画を源流にもつキャラクターがこのしぶい物語のなかにすこんと入っていることだ。
従来アニメファンの親しんだ絵柄で、テクスチャーや背景のクオリティをあげて、セリフや色彩や音楽を渋くして「大人の観賞に耐える」作品にする……ありなんだろうね、企画として。でも、うまく言えないけれど狭くなる道を突き進んでるような気がしてしまうんだよなあ。
背景はすごく品質があがっている。前からそのアンバランスはあったけれど、画像処理でもとの絵にニュアンスをつけ、CGや画像処理した写真を入れて、情報量がぜんぜん違う背景になっている。

でもさ、人物の動画はむかしながらのセルアニメ調で、ロングショットになると極端に単純な絵になってしまう。体つきのデッサンは少女漫画テイストだ。動画もこのご時世だからもちろん少ない。表情の演出も目だけうるうるさせてエモーションを表現したり、記号っぽい。だから、一番つらいのが肝心の落語のシーンだ。だって落語って、1人の人物がぜんぜん違うキャラクターを声音と仕草と表情で演じ分ける芸で、ようするに細かい表情やしぐさがすべてでしょう? アニメではカットを切り替えたりだいじな仕草はちゃんと描写したりしているけれど、特にロングになってしまうと人物の情報量が少なすぎて、動きも単調だから、つまり声優ががんばって演じる声だのみになってしまうのだ。ここはアニメ/漫画の記号的表現で乗り切るのはきつい。
そういえば『君の名は』も、ものすごいインパクトがあるのは背景美術のほうで、動画はもちろん最高品質なんだろうけれど、ドラマ部分はいまいちなJ-POPの直球感動歌詞みたいな感じはした。いやそこは関係ないか。ようするに演出が限られて記号的になってしまい、結局ベタになるというね。

いっぽう、『鬼平』は、『昭和元禄』にくらべると人物全体にうごきを感じる。時代劇アクション的ジャンルになってるしね。原作が原作だから想定視聴者はたぶんさらに上で、顔は劇画風、主人公はウェーブした髪で頭も剃っていない。脇役の顔とかを見ると井上雄彦感がある。お話的には、床屋や定食屋にあるコミックみたいにサービスカット然としたお色気シーンが入ったり、ギャグが妙にベタだったりしてときどきこそばゆい。で、背景は『昭和元禄』と較べるとCGもところどころに入りつつ、多少昔ながらの絵柄だ。きれいに描き込んであるけどね。
なんとなく、そろそろもう少し今の絵になじみがいい、もうすこし動かしやすい人物表現って出てくるころなんじゃないのかな、なんて思った。たとえば人物のパーツはもっと少なくて(漫画記号的じゃなく)、だけどバランスは比較的リアルで、それで動きのニュアンスがもっとあるみたいなね。こういうのだとエモーションが掻き立てられないのかなあ。動きはともかく、湯浅政明が演出する作品のキャラクターデザインはどれも違うけれどその方向がある気がする。あとCGの『Peeping Life』はすごくそれだ。ここで紹介している高野文子の「人体は写実に描かないほうが話が良く動く」っていうのはなかなかに至言なんじゃないの。
*画像は公式サイトの予告編からキャプチャ