あの娘早くババアになればいいのに



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ストーリー: 10数年前、知り合いのレディースに「あんたの子だよ」と押し付けられた赤ん坊。古本屋を経営するアイドルおたく平田は童貞のまま高校生まで育てあげた。その、娘であり娘でないアンリを最高のアイドルに仕上げるのが平田の夢。2人は毎晩レッスンにふける。もちろんアイドルは恋愛禁止だから寄ってくる同級生はノーサンキューだ。でもなぜか平田はアンリをオーディションに送り出したがらない。そんな時、元女優の小西が店のバイトとしてやってくる。小悪魔感がある小西は平田に興味津々、アンリにはオーディション応募しなよと背中を押す。2人のあいだに微妙な空気が流れはじめた.....

基本はコメディ。「笑って見てね」という映画だ。だって最初に赤ん坊を押し付けたアンリの母は、コントのテイストで特攻服を着こなし、子供を渡した4秒後に車にぶつかって昇天する。主人公平田だって極端な設定で、コメディ演技だ。監督は自身がアイドルファンでアイドルPVも撮っているけれど、ヒロインのアンリ役のチョイスもふくめてそれなりの距離感はたもっていると思う。コメディはコメディだけど、主人公たちのたたずまいも、暮らしぶりも、古本屋も、ロケ地深谷の絶妙な地方都市感もふくめて、すべて古くさいし、これ以上ないくらい地に足がついた景色だ。そういう色で撮ってるんだよね。『サイタマノラッパー』で撮られた深谷と似た香りがある。


だけどもちろんこのお話はファンタジーだ。ほんとうは血がつながらない娘と父のほのかな思い。なんかものすごくむかしにドラマで見たような気がする。たとえば石立鉄男あたりをフィーチャーしつつね.....(と思ったら公式サイトにも書いてあった) 巨人の星的な、夢という名の幻想を共有した支配関係の香りもただようのだ。主演の中村朝佳はそんな昭和感をがっちり受けとめる風貌。ちなみにスティルの写真よりは実物的かわいさはある。動きのない関係に風を吹きこむ小西役の結も、絶妙な年恰好だ。なんなら日常で出会うんじゃないかと勘違いしそうになるいい女の感じ。
この話、アイドル文化についてはあまりわからないとこでいうと、平田はマイナーなアイドルをあがめつつ、育成気分で応援する中学生なわけだ。アンリがほんとうの意味でのアイドル、つまり不特定多数の欲望にさらされてかがやく存在になることを認めたくなくて〈ぼくだけの彼女〉でいてほしい。そこにリアルの女があらわれる。彼女は年下だけど存在は〈きれいなお姉さん〉だ。お姉さんは純情なボーイをつまみぐいしてみたくなる。ボーイは目覚めさせられて、おっかなびっくり夜遊びも体験する。
アンリはほんとうにアイドルに向かう存在なのかちょっと微妙だ。ひょっとすると彼女はたんに安定した2人きりの関係性のなかにいたいだけの子かもしれない。こんな例えをしたら悪いのかもしれないけれど、飼い主の期待に応えようといっしょうけんめいトレーニングにはげむボーダーコリーみたいですらあるのだ。でも意識上は〈ほんとうのアイドル〉をめざす子だ。だからオーディションに応募したい。ところがゆいいつのファンはリアルの女性の魅力を知ってしまった。ファンの卒業….? アイドルの死活問題だ。アンリもリアルの女の子になろうとして同級生とカラオケデートをする。でも.... ラストはアイドルファンにとっての永遠のファンタジー、つまり「アイドルがこのぼくに.....?」。
で。その中学生が、じっさいは中年であり、父であり、アイドルへの独占欲が娘へのインセスト願望まじりの独占欲と絶妙に重なっているところが、このお話のうまいところだ。単に娘を巣立たせたくない小さな父としても見られるからね。そっちはアイドルファンじゃなくても分かる。ただ、父ー娘ドラマで見ると気持ち悪く見えやすいのも確かだ。ラストのファンタジーなんてとくにね。
ボーイであり父である平田はもうちょっと魅力的に描いてもいいんじゃないかと思わないでもない。いや、そこも「いやダメでしょ基本この人は」という監督のバランス感覚なのかもしれない。しかしアレだよね、監督はいわゆるシネフィルじゃないんだろうな....と思う。単に世代的距離感かなあ。だってリアルタイム世代じゃなくても、ゴダールをあんなにぞんざいにはなかなか扱えませんよ。