はじまりのうた


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ストーリー:NYの小さなライブハウスで歌うシンガーがいる。「今日友だちが聴きに来てるんだけど、ステージで1曲歌ってもらってもいいかな?」ためらいがちだった彼女は弾き語りで歌いはじめる。でも客たちはおしゃべりに気持ちがいっている。さえない気持ちで歌い終えた彼女、グレタ(キーラ・ナイトレイ)。さえない理由は十分すぎるくらいあった。そこに「素晴らしかった!レコード出そう」と熱く語りかけてきた中年男がいた。音楽業界人らしいけれどぱっとしない。彼は前にグラミーを取ったこともあるプロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)。ぱっとしない理由は十分以上にあった。それでもグレタはダンの話に乗る。ダンの売り込みで彼女の歌を聴かされた、古いつきあいのレコード会社社長は、デモ音源を持ってきたら検討するよと答える。ダンは思いつく。ただのデモじゃない、アルバムをつくろう、金はないから知合いのミュージシャンを呼んで、NYの街中で録音して。こうしてレコーディングが始まった.....

ミュージシャンが主人公の映画、いくつかこのブログでも紹介してる。『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』『クレイジーハート』『カントリーストロング』。ドキュメンタリーも入れればもっと色々ある。この映画もそういう1本。キーラ・ナイトレイが、頑固で売れ線を拒否する、才能あるシンガーソングライターになる。
彼女はミュージシャンの彼、デイブ(アダム・レヴィーン)と2人でイギリスから呼ばれてこの街に来た。でもレコード会社が用があるのはデイブ。彼女はだんだんと空気になっている自分を感じる。売れ出した彼と距離ができて、彼のまわりには別の女がちらついて....豪華なマンションから飛び出したグレタはストリートミュージシャンをやっていた古い友達のスティーブのところに転がり込む。そんなどん底期がスタートのライブシーンだったのだ。
でもこの話、主人公は彼女1人じゃない。声をかけてきたプロデューサー、ダンもまた主人公だ。そこがいままで紹介したミュージシャン映画と違う。裏方の彼がレコーディングを実現していく。予算を考えて、録音方法を考えて、チームを組んで、街中を最高の音を引き出すためのスタジオにする。宅録もやれるスティーブがプロツールズを使いこなして録音技師になる。「映画をつくる映画」と同じなのだ。演奏=パフォーマンスだけじゃなくて制作=プロダクションの喜びを描いた映画だった。(追記。前作『ONCE ダブリンの街角で』もそうだ)

だからグレタが歌う曲にはまらなくたってこの映画は楽しい。序盤の、ダンがグレタにあうシーンがすでにいい。ギター1本で歌うグレタの歌に、厚みをつけるピアノが、ストリングスが、ドラムがダンの頭の中で乗ってくる。それを音で、映像で見せてくれるのだ。あまり洒落た映像じゃない。でもいいんだよそんなこたあ。泣かせでもなんでもないけど、なんだか泣けて、それでいて嬉しくなるシーンだ。
そうだ、急に思い出した。ゴダールが若い頃のローリングストーンズのレコーディング風景(というかスタジオで曲を作っていく風景)を撮った『ワン・プラス・ワン』の楽しさに似てるとこあるかもしれない。あれはドキュメンタリーでそれ以外のドラマはないけどね(というかもう1エピソードはあるけど)。
ダンの物語は『バードマン』のパターン。昔は輝いていたけどいまは落ちぶれ、とうぜん家庭も壊れかけて、娘に軽蔑されている空気。どん底レベルでぱっとしない彼が、同じようにどん底だったアーチストを輝かせるなかでじぶんの輝きも、娘や妻との関係も取り戻していく.....ベタっすワそこは。正直、展開含めて。しかもその頂点は、「音楽を演奏する幸福」のかたちをとってやってくるのだ。うまく行きすぎでしょ!と突っ込みたくなりつつも、でもこの映画ならそれも正しい。
とにかく全編、音楽がもたらす幸福を描き続ける映画だから、グレタとデイブの気持ちのやりとりも、再会も、やっぱり音楽を通じてだし、すこしずついい関係になるダンとグレタは、一つの音源でお互いの好きな曲を聴くことでもっと分かり合う。音楽の趣味がある意味じぶん自身.....『ハイ・フィディリティー』にも(ちょっとこじれて)あった自意識だ。

こういう映画だからミュージシャンの出演も効いてる。スター役のアダム・レヴィーンはもちろん、ダンと長年のビジネスパートナーで今は冷たい社長はモス・デフ。映画をつくる映画の佳作『ぼくのミライに逆回転』にでてた。昔の恩を忘れずにミュージシャンを連れてきてくれる大物シンガー:シーロー・グリーンは本人役みたいなものだろう。ダンの家族もいい。味のある奥さんは『カポーティ』でも年上女的安定感を見せたキャサリン・キーナー 、娘のダイナマイトバディは『トゥルー・グリット』のヘイリー・スタインフェルド。あの可憐な少女が.....。曲製作はグレッグ・アレキサンダー。バンド時代のこの曲だけはたしかに覚えてる。撮影はちょっとノスタルジックなトーンで、暗い部分はブラウン系になる、今でいえばインスタグラムのある種のフィルターみたいな画面。NYの街のクラシックなニュアンスのほうをきれいに映してみせる。画面のなかのNYはホントにミュージシャンが似合う街だ。ダンが乗る60年代のジャガーマークXもよく合う。

この映画見たら、音楽やってる人は音出したくなるでしょう。できない人は…..とりあえずダンが持ってたコレでも買いましょうか。シェアする相手はこれから探せばいいさ!