トラフィック


<予告編>
ストーリー:お話は3つのパートで同時に進行する。1.メキシコ編。国境の街ティファナで麻薬取締にあたる警察官ハピエル(ベニチオ・デル・トロ)は拷問もいとわずカルテルと対決する将軍にさそわれる。将軍は組織のボスを特定すると一気に潰しにかかるが・・・ 2.カリフォルニア編。もうすぐ2人目の子どもが生まれるリッチな奥様(キャサリン・ゼタ・ジョーンズ)。ところがとつぜん旦那が逮捕される。麻薬取締官たちが押さえたのだ。旦那はエリアを牛耳る元締めのディーラーだった・・・ 3.シンシナティ編。国家麻薬対策の責任者に任命された判事(マイケル・ダグラス)。ワシントンとの往復で忙しい彼が、家に帰るととんだトラブルになっていた。名門校の優等生の娘がボーイフレンドにしこまれてジャンキーになっていたのだ。

おなじタイトルでもジャック・タチの平和な世界からなんて遠くに来てしまったんだろう......2000年公開、アカデミーで4部門受賞している。S.ソダーバーグ監督。
ひとことでいってまじめな映画だ。アメリカにおける麻薬問題をきちんと概観しようというコンセプトがはっきりしている。3編は1.供給サイド 2.流通 3.末端消費者 ときれいに整理されている。主人公は3編とも麻薬取締の現場にいる法の執行者側だ。かれらの正義感は基本的にゆらがないし、誠実な人たちだから観客も安心して共感することができる。
派手なシーンもエグいシーンもそんなにない。きちんと取材してストーリーも組み立てているんだろう。優等生の坊ちゃん嬢ちゃんがいいお客さんになってヤバ目の地区にドラッグを買いにいったり、メキシコの取締側の軍組織があるカルテルの手先になって対抗するカルテルを潰しにかかったりというあたりは実話ベース。

それなのにというか、だからというか、お話のトーンとしては正義の側が悪の組織に一矢報いて「世界が少しでもいい方向に変われば」みたいな呑気なことにはならない。だれもが圧倒的な無力感に押しつぶされて、「なにも変わらない」「誰かを除去しても別の誰かが後がまに座るだけだ」「勢力争いに手を貸してるだけじゃないか」「けっきょくは無数のアメリカ国民の欲望があるかぎり」という結論になるのだ。ドラッグをさばく側、買う側にリッチな白人をおいて、麻薬に対抗する側にメキシコ人刑事やアフリカン、プエルトリカンをおいて「良識的」中上流が持っているステレオタイプに無言で「逆だろ」と言ってるみたいだ。
まじめな映画らしく、ラストはそれぞれにかすかな救いを用意して良識派の観客もほっとできる仕上りになっている。「それでもぼくたちは前に進む」という感じだ。

この映画で一気に名をあげたというベニチオ・デル・トロのもはや年齢を超越した年輪感がすごい。彼は映画のために役にふさわしいスペイン語のしゃべり方をマスターしたそうだ。ところが制作会社が字幕じゃアメリカ人に受けないから英語吹き替えにしようとした。憤激するベニチオに監督は「そうはさせないよ」と約束したという。わざわざ多文化にまたがる設定にした監督の意志は固く、ベニチオはメキシコ人とはスペイン語で、アメリカ人とは英語でしゃべっている。サンディエゴの取締官はドン・チードルとルイス・グズマン。このパートの主人公はドンの方だけどルイスはいいよね。『パンチドランク・ラブ』でも味があったなぁ。