バンカーパレスホテル


<参考(imdb)予告編>
かなりひさしぶりにみた。BD(フランス・ベルギー中心のアートコミック)作家、エンキ・ビラルの初期の監督作品(1989)。そのあと『ティコ・ムーン(1997) 』というひんやりしたなかなかいい作品を撮っている。このブログではそのあとの『ゴッド・ディーバ(2004)』のレビューを書いた。で、この作品。本国フランスでは公開時に記録的な動員数のヒットだったらしい。正直驚く。どこから見ても派手な作品じゃないんだけどね。ストーリーもアクションも役者も画面も。渋好みだなフランス人。ビラルのコミックを知ってる人にはいまさらだけど、東欧生まれの彼の作品はつねに寒々しい寒色系〜モノトーンの世界という印象がある。まあこんな感じなわけです。 この映画の雰囲気もモノトーンにかぎりなく近い。
ストーリー:白濁した酸性雨がたえまなく降るある世界。その国の政府は反乱勢力の拡大で崩壊寸前だ。有力者たちはある男に案内されて深い深い地下にあるホテル=バンカーパレスホテルに身を隠す。いわゆるレトロフューチャーからハイテック感を取り除いたみたいな(つまり昔の未来派とかキュビスト的デザインの)殺風景なホテルだ。最下層には底なし沼風のプールもあるけれど、爽快感のかけらもただよっていない。従業員はみんなレプリカントで、人間と見分けはつかないけれど、整備が不十分らしくて、おなじ動作をリフレインしたりどことなく動きが不自然だ。反乱軍の女スパイがそこに潜入する。やがてホテルにも地上の影響がおよんできたのか、設備類がまともに動かなくなってきて室内は凍り付きはじめ、有力者どうしも不穏な空気になる。彼らが待ち続けている大統領はいつになってもこない…

この映画にでてくるレプリカントは一見人間みたいに見えるけれど、共感したり理解しあったりという可能性のかけらもそこにはない。みかけが機械っぽいわりに人間味あふれる、R2D2とかWall-Eとか、そういうのは多いけれど逆だね。『ブレードランナー』のレプリカントの哀しみも、『アトム』の人間とのつながりも、『エイリアン』のアッシュの人間をだますほどの精巧さもない出来損ないのマシン。危害はすくないけれど「人間に化けたエイリアン」に近い感触だ。一見おなじ人間のようで、人間の社会にとけ込んで存在しているけれど、相互理解の可能性がまったくない一群。そんなイメージを実際の人間社会の中にビラルは見たんだろうか。『ゴッド・ディーバ』でも機械化や人工生物化がすすんだ色んなタイプの「人間」が混じりあう世界をえがいていた。ただあそこでは描き方からして違う存在ということがはっきりわかり、それでいて対話はできる、そんなイメージだった。
撮影地はセルビアベオグラード、ビラルの出生地だ。ユーゴスラビア解体が1991年だから、撮影時はそれこそ社会主義ユーゴの崩壊寸前。ちょうど東欧の社会主義政権がなだれをうって崩壊した時期だ。当時のヨーロッパの観客はとうぜんそんな世界に重ねあわせてこの映画をみただろう。レプリカント人間性を抑圧した社会主義国の官僚や治安維持組織をだぶらせて見ていたかもしれない。
まぁ、今ぼくたちがのんきに見る分には画面のスタイリッシュさや衣装、プロダクトデザインがつくりだす硬質な世界、このあたりを観賞してたのしめばいいんじゃないかという気がする。ぼくが見たことのある東欧というとチェコしかないけれど、国立美術館や駅や地下鉄や…20世紀前半をおもわせる、わるくいえばさむざむしい、でも無駄がなくてストイックな直球の初期モダンデザインが、19世紀的な建物とまじりあって独特の格好よさだった。そして真冬だったから街全体はよけいに寒く陰鬱でビラル的だった。この映画ではちょっとしたガジェットもそんなテイストのものばかり。「人間」役の人物も必要以上に人間味をださずにスタイリッシュに画面の中におさまる。そんな映画。この世界好きならもちろんおすすめ。ただし語り口は平坦だよ。