ブレードランナー2049

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ストーリー:前作の舞台から30年後の2049年。一度は製造が禁止されたレプリカントは進化したモデルで世の中に存在するようになっていた。潜伏して生き残る旧型レプリカントを狩るLAPDブレードランナー、K(ライアン・ゴズリング)。彼もまたレプリカントだ。差別され、孤独に生きる彼の唯一のなぐさめはAIのバーチャルガールフレンドだった。彼が倒したレプリカントの遺留品から重大な疑惑がもちあがる。命令を受けたKは捜査を開始したが……..

じっとりとした雨がふる、カオスな夜の街=未来というビジュアル。香港やバンコク、東京のイメージが濃厚な『ブレードランナー』のコンセプトが、当時の日本のクリエーターに与えた勇気はすごくおおきかっただろう。そして『ニューロマンサー』の舞台チバ・シティーだ。その後、オリエンタルだったりレトロだったりする未来都市風景はまったくふつうになった。それまでの50年くらい主流だった、ストリームラインでかたどられた未来イメージがやっと書き換えられたのかもしれない。

そもそも「科学技術がこのまま発展すると都市の姿もまったく違うものになる」なんて人々が想像しはじめたのは、たぶん産業革命以降、テクノロジーの発展が離陸しはじめてからだろう。日本でいえば手塚治虫の漫画が代表的なああした未来風景は、だいたい1920〜30年代くらいに原型ができたんだと思う。1970年代まではそのなごりは続き、メタルとプラスチックとガラス的なもので都市からインテリアからファッションから小物まですべてが出来ている、そんな風景が「未来」のスタンダードになった。


だけどゴダールは『アルファヴィル』で、トリュフォーは『華氏451°』で、タルコフスキーは『ソラリス』で、同時代の街の風景をそのまま使ってSFを撮っていて、今と地続きの未来風景への想像力もたしかにあった(撮影の都合とかも多分にあったんだろうけど)。『ウルトラセブン』の実相寺昭雄も下町とSFの混在を撮っていた。1970年代くらいから「未来はそんなに明るくない」という、テクノロジーが世界の破滅と直結する思想がが急速に一般化しはじめて、クリエイターたちはそんなに楽観的になれなくなったはずだ。ファンタジックな未来都市風景は、テクノロジーを無邪気に信頼できた数十年〜百年くらいのある時期特有のものだったんだろう。

さて、本作の世界は、前作っぽい混沌とした電脳都市は少し後ろにさがり、かわりにメガ・ストラクチャーの風景が全体をおおうようになる。上昇した海面からLAの都市圏をまもる巨大な防潮堤。視界一面にひろがる太陽光発電第一次産業のプラント。都市は上空からみると道路のところだけ切込みが入ったビルディングの集積になる。設定だと、都市はますます生存に適さない環境になっていて、地球上にいるのは脱落した市民だけなのだが、建物の密度は現代の数十倍くらいになっていて、市域全体が九龍城砦みたいだ。LAPDやウォレス社(レプリカントの製造元)などの巨大組織の建物は、地形といっていいくらいのスケールで暗い空に突き出している。


市域外はほぼ廃墟だ。サンディエゴは全域が廃棄物処理場になり、ガラクタで生成された地形のなかで住民たちがうごめいている。物語で重要な役目をもつクリエイターがいるのは雪が降る研究所めいた施設。本人以外だれもいない。そしてデッカードハリソン・フォード)がいたラス・べガス。そんな廃墟の風景やウォレス社のインテリアはこのうえなく古典主義的だ。

ロケで撮影した風景は、ほとんどアメリカ外。撮影はハンガリーで行われたパートが多くて、デッカードがいたかつてのカジノの古典主義的なエントランスもハンガリーの建物だし、冒頭の空撮シーン、太陽光発電や農業施設はスペインで撮っている。スペインって、内陸部の都市と都市のあいだは、かなり殺風景な半沙漠気候みたいなところが多くて、植物がほとんどない、本作の設定にはぴったりだ。このあたりの撮り方は『ガタカ』を思い出すところがある。プロダクションデザインはデニス・ガスナー。『スカイフォール』『トゥルーマンショー』それにコーエン兄弟の各作品でクレジットがある人だ。

最初のシーンで、Kは一本の木に目をとめる。その後の展開につながる大事な場面だ。大木は枯れていて、倒れないようにワイヤーで支えてある。でも美術スタッフたちがつくったんだろうその枯木は、いまひとつリアリティが弱い。いかにも大道具っぽく見える。シーン全体はタルコフスキー的世界なのにぼくはすぐに黒沢清カリスマ』を思い出してしまった。

で。ここまでストーリーのことをぼくはぜんぜん書いていない。かんじんのストーリーがぼくにはあまり響かなかったのだ。KとAI彼女=ジョイとの心のつながりも、Kの「自分の記憶ってなんだ? おれのオリジンってなんだ?」的葛藤も、警察の「レプリカントの秘密が事実だったら世界がひっくり返るぞ!」という危機感も、ウォレス社のカリスマ社長とハイパーレプリカント秘書も、そしてデッカードが出てきてからの回顧モードも。Kと彼女の話は『Her』『ゼロの未来』とかを、Kの記憶話はクリストファー・ノーラン作品や同じPKディック原作の『トータルリコール』を、レプリカントの秘密の件は『トゥモローワールド』を、回顧モードはもちろん旧作を思い出す。ストーリーはオリジナルだけど妙に既視感があるのだ。そのうえ細部もゆるい…..

というわけで、ぼくには本作はその「世界」を体感する映画だった。映画館のスクリーンと音響で見るのがいいですよ。
■写真は予告編からの引用