乱暴と待機

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これは予備知識ほとんどなしでジャケで選んだ。あと本谷有希子の作品を一度も見たり読んだりしたことがなかったからお試しという意味で。で、感想はというと・・・うーん。ひとことでいうとぼくは物語設定の世界のちいささがかもしだす閉塞感みたいのにとらわれてしまって、そこに込めている男女の関係まで広げて受けとめにくかったということかなあ。
この物語、二組のカップルが登場人物だ。一方は「お兄ちゃん」(浅野忠信)と「妹」(美波)、もう一方は新婚らしい夫(山田孝之)と妊娠中の妻(小池栄子)。二組は郊外(ロケ地は稲城市)の市営住宅みたいな木造平屋に住んでいる隣人どうし。兄妹は本当のそれではなくてどうにも変な香りがただよい、引っ越してきた妻は「妹」を見るとぎゃあと叫ぶ。昔の同級生で男を取られた関係だったからだ。さっそく兄妹を転居させようと攻撃にかかる妻だが、夫は実は美人の「妹」にアプローチしはじめ・・・という出だし。
ちょっと表面的な話をすると、四人とも、だれ一人としてまともな職がなさそうなようすだ。兄妹はどちらもジャージ姿しか見せないし、妻は身重なのにパートっぽいスナックの店員で、夫は失職中でだらだらしている。つまり四人は日本社会の底辺からそんなに遠くないところにいるともいえるのだ。でもだからといってその苦労はまったく描かれず、ある種のエキゾチズムで(つまり多少距離があるところから、ちょっと面白いものとして映しとる視点で)彼らのライフスタイルを捉えているように見える。

でもこの四人がこういう境遇である必要はぜんぜんないのだ。じっさい原作では「お兄ちゃん」と夫は仕事のある同僚だし妻は派遣社員だ。物語のコアは男女関係のなかのあいまいな被害者/加害者関係みたいなところなんだから別にそれでもいいのだ。シンプルにするつもりなのかそういうふうに変えた設定が逆にノイズになって、愛憎劇以前におまえらどうやって食ってるんだ的なことが気になってしまい、どうも入り込めなかった。
あと妻が「妹」をいじめるのは高校時代に男を寝取られたからだ、というのは後半にわかるけど、最初は「妹」を見るなり「恨みはわすれてないからね」みたいな感じで異様な攻撃をくり返すだけで、あとで理由を知ってもなんでそこまで攻撃的になるのかよくわからないのだ。妻は「お兄ちゃん」とも因縁があるふうだけどそれが何かもはっきりしなかった。なんかおれいろいろ見落としてるのかなぁ?DVD見返さなかったし。
物語は「妹」が中心になっている。自己評価が低くて人に嫌われることを恐れるあまりいつも過剰に迎合的になり、かえってあいての居心地を悪くさせるのが彼女で、そのせいもあって高校時代はさせ子になってしまい(たぶん)本人の意図とはうらはらに誰にも好かれなかったタイプだ。そこに「お前に復讐するんダ」といいながらやってきた「お兄ちゃん」は、軟禁というたてまえで、二段ベッドの上下で清い関係で暮らしている。ただし「お兄ちゃん」は天井裏から妹を窃視しているが・・・妻の恐れていた通り、だらしない夫は「妹」のさせ子性を感じ取り、たちまちアプローチをはじめてしまう。そうなってはじめて、攻撃的で加害者的だった妻の被害者性があらわになる。最後まで弱った芝居をせずに気の毒さをかもしだす小池栄子はなかなかいい。最後の方でやっと、I NEED YOU というかわりに「復讐」という理由しか見つけられなかった「お兄ちゃん」と「妹」が建前から少しはみ出して(でもあくまで建前のなかで)思いを伝えあうシーンがある。そこまではエキセントリックな役柄にあわせて浅野忠信も美波もかなりキャラクター的芝居をしていたけれど、はじめて少しナチュラルになり、コントラストを見せている。印象としてはここがクライマックスで、エピローグで「妹」がふっきれて本音を言うシーンは単なるカタルシスのためのものだ。
・・・あれだね、映画は、見ようによっては4人のうち妻だけがいわゆる大人なわけだ。きちんと社会に出ていて自活しているようすが写されるし子供もみごもっているし、大人の論理を説く(にしてはあばれっぷりはナンだが)。一人の大人が、ぼうばくと子供のまま年をかさねていく三人に水をぶっかける世界なんだろうか。兄妹の「二段ベッド」自体その象徴だもんな。わるさをする夫も二段ベッドに入り込んでいく。でも物語の最後にお兄ちゃんは大人になり、新しいステージへのちょっとした希望が見える。
息抜きになるのは浅野忠信の、監督に「少年ジャンプのようにしゃべってくれ」といわれたいう珍妙なしゃべり。セオリー通り一度もにこりともしない彼の芝居が一番おかしいんだけど、同時に役柄にたいしてやっぱり浅野忠信が格好よすぎる印象はいなめない。そのあたりが微妙に石井克人的とでもいうか、コント的にも見えてしまうんだなぁ。