アルザック・ラプソディー 

だいたいメビウスというのはどう語ればいいんだろう。
知っているひとからすればいちいち紹介するのも野暮な存在だし、興味がないひとにとって、ちらっと耳にするチャンスはほとんどない。「…ウルトラマン?」くらいの存在だ。去年来日してシンポジウムに参加して、結構話題になったんだけどね。ということで紹介はこの完璧すぎるサイトにおまかせして、とりあえず『フランスのコミック・アーチスト、日本でいえば石森章太郎と同年代。日本のイラストレーター、映像作家、漫画家で影響を受けている人、無数』といえる。
この作品は彼が1970年代から描いていたファンタジックなコミックを彼自身のプロデュース・監督・脚本で映像化した2002年の作品。一話約3分のショートストーリー14話からなる。フランスでは国営チャンネルのF2で放映された。主人公はアルザックという砂漠の戦士。反重力翼竜に乗って旅を続ける。3分間のエピソードにそれぞれストーリーはあるけれど、それはどこかへ進む物語ではない。ストーリーはふっと終わり、その結果、主人公はなにも変わらない。また旅へ戻るだけだ。
この世界は触手のような肉食植物がうごめいたり、道化のような悪役が襲ってきたり、奇妙な形の塔や、塔のような山が出てきたり、常に非現実の美女があらわれたり、あらゆるファンタジーが独特の造形美のもとに現れる。最大の魅力はこのイメージの豊かさと造形美だ。よく言われる独特の浮遊感は映像でもじゅうぶん感じられる。
原作マンガの絵。
マンガの時点では絵はわりあいに細かく描きこまれ、立体感をだすためのハッチングも多かった。しかし映像の絵は後期の彼の絵に近づき、線は少し太い抑揚のすくないものになり、ハッチングの線は最小限になり(というよりほとんどなくなり)人物の顔もひょうひょうとした少しくずしたものになる。しかしテクスチャーを表現するためのちょっとした短い線のようなものの使い方や、ほこりっぽさをあらわす描き込み、古さをあらわすヒビなど・・・つまり大友克洋の描写(のネタ元)的なるものは健在だ。好きな人ならわかるだろうけれど、この描写というのがなんとも言えず気持ちいい。本当に不思議なくらい、砂漠と塔と雲を描いただけの絵が、ほとんど生理的に気持ちいい。
じつをいうと、ムービーの魅力はその静止画的な絵のほうで、動画的な魅力が極端にすくないのが(残念ながら)最大の特徴になってしまっている。絵はたぶん線からPCで描いて(もしくはスキャンした線をフィルターで単純化して)、みるからにPhotoshopの各種ツールっぽいもので着色されている。で、まるでFlashの習作みたいなトウィ―――ンとした動きがそのまま作品になっているのだ。翼竜にのるアルザックの動きなんてなんの工夫もなく、ただその絵が移動するだけ。人の動きも、足なら足の絵が付け根からへこへこ動いたり、切り絵か!!と突っ込みたくなる。アップになった画面では、元データをそのまま拡大しているからバランス無視で線が太くなっている。
要するに動画の枚数が極端に少ないのだ。これ、製作事情は良く知らないけれど、セルフプロデュース、セルフディレクションで、かぎりなく個人(が少人数のスタッフを雇う)体制だったんだろうか。メビウス宮崎駿との対談で、製作チームを率いて自分のイメージを大作に落とし込む宮崎を驚嘆の目で賞賛している。自分は個人製作が染み付いてしまって、そんなの考えられないというのだ。
まあともかく、メビウスの絵のありがたみがなければ、ちょっとどうなの、というアニメではある。ちなみに後半になるとすこし体制が持ち直したのかやや動画の質があがり、CGっぽい背景の動きがうまれたりする。まあそんなわけで、この映像、価値は「あのメビウスの絵が動画で見られる!」というところに尽きるといえるだろう。
結論。『善平衛が絵のクオリティとモーションのクオリティのギャップに驚愕!』