シスターフッド 1/3  燃ゆる女の肖像

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ストーリー:18世紀、フランス。画家マリアンヌはブルターニュの孤島の邸宅に、次女エロイーズの肖像画を描くため招かれる。結婚の申し出があったミラノの貴族に送るのだ。気に入られれば成婚だが本人は描かれることを拒否している。母親の指令で身分を隠したマリアンヌはエロイーズと行動を共にして彼女の姿を覚えて肖像画を完成させるのだが....

主人公の画家マリアンヌ。彼女が描く絵は、父親の名前でサロンに出品される。この時代、女性画家じゃ相手にされないからだ。『百日紅』を思い出した。葛飾北斎と娘のお栄だ。お栄は腕のいい絵師だったけれど同じように父親の代筆が多かった。 もう1人の主人公エロイーズは貴族の娘。お姉さんは結婚を強制されて、絶望して崖から身を投げた。彼女にも誰かも知らない相手から求婚がくる。

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本作はそんな2人が巡り合って、愛し合って、作品を作り上げるまでの2週間くらいを描く。絵が完成してしまえば、2人とも外界の現実に絡め取られる。そのひとときを、監督はこれ以上ないくらい繊細に、ノイズを取り去って、満ち足りた瞬間として描く。

屋敷には女主人である母親と娘のエロイーズ、使用人のソフィー、それにマリアンヌの4人しかいない。母親が出かけると同年代の3人の世界になる。島の住民たちも出てくるのは女性だけだ。お話をあえて抽象化して、彼女たちの関係に集中したのだ。『桜の園』を思い出すね。

映像はときどき実写と思えないくらい絵画に寄せている。海辺の風景はクールベやフリードリヒの絵を思い出すし、屋敷のシーン、外光に照らされるソフィーの姿はフェルメールの女性像、夜、ろうそくや暖炉の火に照らされて顔が浮かび上がる絵はレンブラントの夜の風景みたい。美術史に詳しい人ならもっとぴったりくる絵が思い浮かぶだろう。海辺の草原で女性3人が歩くシーンとか、火の周りで島民の女性たちが歌うシーンとか、完全に絵画として構図を作っている。

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https://cdn.mediatheque.epmoo.fr/link/aah189jpz17a340.jpgwww.musee-orsay.fr.     クールベの風景画。

そんな映像にするために、撮影ではあえて立体感を抑え目にしたり、暗い部分が潰れないように階調を残したり、たぶん海の色を少し鮮やかに調整したり、とにかく丁寧に作り込んだ絵だ。3人の女性はマリアンヌが赤、エロイーズが青、ソフィーが黄、と分かりやすくカラーも配分されている。たいがいの「映像が美しい」映画とは別種の、ほかにない美しさだ。

ただ、マリアンヌが描く肝心の絵が下手だという突っ込みを時々見かける。本作、現代の画家が映像の中でその絵を描いている。手元は彼女だ。画家は重要なキャストでもあるのだ。2枚描かれる1枚は物語的にも失敗作だから明らかに冴えない。もう1枚は成功作だ。でも確かに技巧的じゃない。18世紀フランスの肖像画、って多分こんな雰囲気だった。

映画内の絵は、古典的な絵の教育を受けた画家にしては、わりと大掴みのタッチで光と色を追求するタイプだ。この時代の絵は写真の機能も果たしているわけで、それこそ本作では見合い写真がわりなんだから、繊細な写実で描いてもおかしくない。

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でも現代のペインターだしね。現代美術でペインティングをする人は、よっぽどコンセプトがないと、古典主義的な繊細なグラデーションの写実は描かないだろう。インスタグラムに作家のアカウントがある。いわゆる写実の人じゃない。絵としての再現度より制作の息づかいが捉えられるところを重視したのかもしれない。

音楽は抑え目だ。効果音はその場で録音したんだろうか、後からつけた効果音みたいにクリアーすぎず、空間の残響がある。音楽のリズムに映像が乗っかるんじゃなく、俳優の動きやシーンの移り変わりのリズムが音楽になるように撮ったんだと監督は言っている。音楽の1つは当時歌われていたはずのない無伴奏の女性コーラス。

youtu.be

本作はギリシア神話オルフェウスのエピソードが大事なモチーフの1つになっている。オルフェウスは超絶的な歌唱力がある歌い手。妻が死に冥府に落ちると、彼はその歌唱力を武器に妻を現世に連れ戻す許しを勝ち取る。でも現世まであと一歩のところで掟を破って妻を振り返ったせいで彼女は冥府に引き戻されてしまうのだ。

このエピソードは劇中で語られるし、「振り返り」は呼応する形で2回出てくる。最初、エロイーズはマリアンヌの足音を感じると振り返りもせずに館から外に出る。慌ててマリアンヌは追いかける。それが出会いだ。最後は逆になる。マリアンヌが館を出る時、エロイーズは「振り返って!」と叫ぶのだ。「最後に私を見て!」でもあるし、神話どおりなら「私をきっちりと振り切って(思い出に焼き付けて)!」でもある。実にいい古典の使い方だ。

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4人の女優はどれも魅力的。主演の2人はどちらも背が高く、意思の強そうな顔立ちだ。「NANA」じゃないけれどこういうドラマだとどちらかをふわふわした柔らかいキャラクターにしてコントラストをつけがちだ。でも違う。この辺りは監督の思いだろう。エロイーズ役アデル・エネルは監督が彼女想定でキャラクター造形しているし、マリアンヌ役のノエミ・メルランもアデルに対峙できる強さのある役者を選んでいる。

ただエロイーズの役は、意思は強くて聡明だけど、圧倒的に世間を知らず、男性経験もない純粋な女性だ。お話上は10代でもいいくらいだ。アデルはずっと成熟して見える。マリアンヌよりも。ストーリーからするとちょっと合ってない気がした。でもそういんじゃないんだろうな。あくまで、対等な2人を描こうとしたんだろう。

ロケ地はナントに近い半島だ。舞台になったお城はパリの近くに17世紀の城。意外なくらいに室内が明るい。大きな窓も付いているし、改装したんだろうね。本作で名所化し、空き家だったのが公開されることになったみたいだ。

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■写真は予告編からの引用

 

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