夜は短し歩けよ乙女

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ストーリー:京都の大学生、先輩(星野源)は後輩の黒髪の乙女(花澤香菜)に執着していて、さりげない出会いのために全力を傾注している。春の夜、共通の知人の披露宴が終わると乙女は夜の街に冒険にでる。先斗町で美酒に、下鴨神社で古書に、大学のキャンパスで演劇と祝祭に、そして木枯らしがふきすさぶ糺の森の奥へ…..一夜のはずがなぜか季節はめぐり、歩き続ける乙女を先輩はひたすらに追いかけ冒険にまきこまれる……

湯浅政明、当ブログではけっこうよく書いている。劇場用じゃない名作も多いから『ケモノヅメ』『ピンポン』それに劇場公開作『マインドゲーム』、取り上げていないけれどもちろん『四畳半神話体系』はTVアニメのなかで1、2を争う好きさだ。本作は『四畳半』の続編というべきものだし、あの世界が好きな観客の期待をうらぎらないつくりだ。湯浅監督らしい目が回るような動きの快感、むかしの「漫画映画」の表現をわざといれてかもしだすキュートさ、それに様式的な動きと背景の組み合わせで、なんとなく「京都」イメージに合う雰囲気がかもし出され….いっぽうぼくは森見登美彦ファンじゃなかったから「四畳半」も本作も映像のあとに読んでみた派だ。


シンプルな線(髪や目も様式化されてなくて)でありつつ、身体はあまりデフォルメされていないキャラクターたちも、大人の絵っぽくて見やすい。リアルっぽく深刻に描き込みつつ足がありえない長さだったりすると、どことなく中学生感がただようとこあるでしょう。そんなシンプルなキャラクターたちの個性は動きで見えてくる。ここでも『マインドゲーム』への高野文子の名言「人体は写実に描かないほうが話が良く動く」の原理がいかされているのだ。黒髪の乙女が急にありえないプロポーションになって「詭弁踊り」という奇妙な踊りに参加するシーンがある。シンプルな線とめまぐるしく変わる画風のおかげで、端正な乙女のとつぜんのデフォルメもまったく違和感なくながれていく。

お話はじつに奇妙な舞台、奇妙な人物、奇妙な小道具がちりばめられて、よくもまあこんなイメージの奔流が….と感心するけれど、原作を読んでみていまさらわかったのは、この小説自体がものすごく映像的なディティールに満ちていて、つまり材料はすべて原作のなかにあるのだ。だから監督はこれを絵解きしていけばよくて、あまり補完する必要もない。いやもちろん文章を映像にするんだから作り出しているんだけどね、イメージを。ただ、たぶん他の原作とくらべても映像的要素がぎっしりと詰まってるのはまちがいない。絵柄的にいえば、リアルな風景と完全な想像上イメージの2本建てになってる『夜明け告げるルーのうた』より、場所が特定できる京都のそこここを、様式化されたちょっと現実からずれたイメージに置き換えているこのシリーズのほうが好きだ。

物語は、春夏秋冬の4編でできている原作を、一晩の物語風にしているから、ますますお話は夢幻的になる。夜は一度も明けないままに桜が咲いていた先斗町から緑が深い下鴨神社へ、そして黄葉したキャンパスを通り抜けて木枯らしの京都市内に舞台が変わっていく。夜の人工的な光の下で、過剰な属性やふるまいをもった人物たちが走馬灯みたいに乙女の前をつぎつぎ通り過ぎる。なんというか、デヴィッド・リンチ的な香りさえかすかに感じてしまう。でも登場人物たちはだれもかわいらしく、恐ろしい事件など起こる気配もなく、ひたすら酒を飲む主人公たちも気持ち悪くなる様子もなく、安心して見ていられるいつもの世界がある。このスタイルは組み合わせの妙だから今後そうそう作られるものじゃないと思うけれど、「四畳半」とあわせて何度も反芻できそうな滋味と凝縮感がある気がする。
それにしても主人公の「先輩」は星野源でありつつ、どうみてもくるり岸田繁だ。